「自己表現できることが楽しい」
ゼロから道を切り開いた独立農家の現在地

梁寛樹さん/Ryo’s Farm
農園所在地:千葉県館山市
就農年数:9年目

ゼロからでも農業はできる

千葉県館山市でパッションフルーツ農園を経営している「Ryo’s Farm」の梁寛樹さんは、東京で生まれ育ち、大学卒業後は大手メーカーの広報部に就職した。そんな梁さんが26歳の時、地域おこし協力隊として、館山市へ移住を決めた。

「館山には週末よくサーフィンに行っていて、海が近くにある暮らしへの憧れがありました。地域おこし協力隊の募集を見て、自分のキャリアが館山のPRやブランディングに役立つのではないかと思ったんです」
地域おこし協力隊は、「都市部の若者の地方への移住・定住を図る取り組み」として総務省が創設した制度。その地域や農業を知ろうと、就農前に地域おこし協力隊として活動する人も多い。

梁さんは2012年に地域おこし隊の第2期生として採用され、アボカドやイチゴ、マンゴーなどの栽培技術を学んだ。地域活動もする中で、面白い農家との出会いもあった。その人は、自分のブランドを作りたいと花農家からマンゴー農家に転身しており、その柔軟さと行動力に影響を受けた。
自分もこんな風に、農家としてやりたい事を実現してみたい。そう意識するようになった。

協力隊の任期終了後、近隣の高齢農家が離農すると聞き、すぐに訪ねた。
自身が農家研修を経て独立就農の準備中であることを伝え、ハウスを借りることができないか聞いてみると、農家の方は梁さんのことを知っており、快くハウスを貸してくれた。
「私にとって協力隊の3年間は、農業技術だけでなく、地域との信頼関係を深める大切な期間でした」

パッションフルーツを選んだ理由は、色々な作物を試験栽培した結果、パッションフルーツが一番おいしくできたからだという。パッションフルーツは耐寒性があり、暖房費も抑えられる点も魅力的だった。

栽培品目を定めると、友人や元同期にHPや農園のロゴを作ってもらった。収穫できたものは東京近郊のマルシェで販売した。継続的に出店することで、リピーターを増やしたいという狙いだ。
「自分の力でチャレンジできることが面白く、やりがいを感じる」農業が楽しくて仕方なかった。

ヒット商品誕生のきっかけ

そんな梁さんに、新たな転機がやってくる。ファーマーズマーケットに出店した際のお客様の一言だ。
「ハワイでは、農家お手製のリリコイバター(パッションフルーツで作ったハワイの特産品)がマルシェで売っているんだよ。あなたのパッションフルーツなら、きっとおいしいリリコイバターができる」。
自分の手で大事に育てたパッションフルーツが、加工することでより多くの人に届けられる。そんな可能性を感じた瞬間だった。

早速パッションフルーツの加工に取り組み、完成するとプレスリリースを作ってメディアに送った。メディアに取り上げられれば販路拡大にも弾みがつく。広報部で働いていた頃の経験だ。

それでも最初は作っても売れず、苦しい思いもした。
「売れ行きが厳しい時期は、大切なサーフボードを売ったこともありました。2,3年前からメディアの取材も増え、リリコイバターが売れるようになって、ようやくビジネスが軌道に乗りました」
パッションフルーツの評判も良く、館山市のふるさと納税の返礼品にもなった。

台風被害にコロナ禍……農家に届く励ましの声

2019年秋、過去最大級といわれる連続台風が千葉県を襲った。リリコイバターが人気を博し、順調に進んでいた矢先のことだった。

「1回目の台風は、強風でハウスのビニールが剥がれ、骨組みごとダメになりました。2回目はパッションフルーツの木に潮風が当たって塩害にあい、作物がダメになりました。3回目は大雨で畑が浸水し、パッションフルーツの木はほぼ全滅しました」

photo by Daisuke Takashige

奇跡的に無事だった木から苗を繋げ、少しずつ修復していたところに、追い討ちをかけるようにやってきた新型コロナウイルス。リリコイバターの営業で全国に出向くこともできずにいる。
去年は冷凍ストックしていた分を販売できたが、販売できる個数が少なく売り上げは例年以下だった。ようやくハウスの建て直しが終わり、苗も育ち収穫予定の現在に至るまで、1年半の月日を要した。

「台風のときは周りの人が助けてくれたり、お客様から励ましの手紙をいただいたり。たくさんの人に支えられていることに改めて気づきました。今年からは恩返しをしていきたいです」
台風被害やコロナ禍で農家が受けた影響は、想像を絶するものだっただろう。言葉にできない苦労もたくさんあったはずだ。それでも梁さんは多くを語らず、周りへの感謝の気持ちを示す。
取材を通じて、農家の強さと、私たちが生きるうえで必要不可欠な存在であることに改めて気付かされた。
苦難の先に光があることを信じ、梁さんの快進撃を見守りたい。