農業を “若者たちから選ばれる産業” に。
元消防士が、本気で仕掛ける農業経営とは

村田翔一さん/ロックファーム京都 株式会社
農園所在地:京都府久世郡
就農年数:3年目
生産:九条ネギ、スイートコーン(京都舞コーン)、エダマメ(拙者のごっつぉ)、イチゴ、サツマイモ

次世代農業サミット出席から始まった、
ロックファーム京都の挑戦

京都府久世郡に拠点を置くロックファーム京都は、九条ネギとスイートコーンを中心に生産する農業企業である。11名の社員を抱え、スーパーなどへの販売と直売所販売を中心に事業を展開。2019年の設立以降、順調に売上を伸ばし、めきめきと成長し続けている。

特出すべきはそのユニークな事業展開だ。同社代表の村田翔一さんは、現在3社の代表を兼任している。1社目が各種野菜の生産を中心事業とするロックファーム京都、2社目は九条ネギの生産拡大と販売に特化した京葱SAMURAI株式会社、そして3社目は今年発足したばかりの農業と就労継続支援希望者をマッチングする就労継続支援事業所ロックスターズ(NPO)だ。

起業してから、まだ3年ほど。その間にどのようなドラマがあって、このような事業展開が実現されたのか。そのストーリーを村田さんに聞いた。

「次に何をするか考えるのが好きなんです。やってみたいと思ったら、手を挙げて、とにかく動く。理想の農家を目指して、その道のプロフェッショナル達にアドバイスをもらいながら、やれることは何でも試してきました」

そう語る村田さんは、2018年春に農業に従事することを決めるまで、普段は消防士として勤務し、休日は家業の農業を手伝うという生活を送っていた。

10年続けた消防士を辞めて、母が細々と続けていた兼業農家を引き継ぐことを決めるのは、そう簡単ではなかったはずだ。

「きっかけは、2017年開催の次世代農業サミットに参加したことです。消防士の仕事も農業も好きだったので、それまでは本気で2足の草鞋を履いていました。でも、内心ずっとここままではいられないなと感じていたんです。中途半端は嫌だったので。ちょうど将来のことを真剣に考えはじめたタイミングで、サミットに参加することができました」

聞けば、サミットへの参加を勧めてくれたというコンサルティング企業の副社長との出会いもまた、村田さんらしい。

「当時、将来について悩んでいて、パソコンで “農業_経営” と検索したんです。それでTOPに出てきた企業に直接電話をしました(笑)。その電話にたまたまその副社長が出て、親身に話を聞いてくれて。サミットに参加してみたら? と背中を押してくれたんです」

行動すれば、何かが動く。まさにその通りだった。

サミットで登壇していたのは確固たる農業経営を行い、売上利益ともに好調だという全国各地の農業経営者たち。いわゆる「儲かる農業」を実現している先輩就農者を目前に、村田さんは衝撃を受けたという。

「農家が儲かるなんてそんな話は聞いてない!と思いましたね(笑)。農業は自分の手の届く範囲で経営していくもの、食べていくことはできるけれど、儲かりはしないという固定概念があったんです。それがこのサミットのおかげで一変。新しい農業の形を見た気がして、胸が熱くなりました」

そこから「自分もあんなふうに自立した農業経営を実現したい!」という強い思いで、一気に走り出した。

サミット後には地元の中小企業診断士(経営コンサルタント)を訪ね、今後の人生について相談。農業に挑戦するべきか、消防士を続けるべきか、まだ迷いがあったのだ。しかし、「やりたいことがあって、理想の経営者像があるなら今すぐそれを追うべきだ」とのアドバイスを受けて決心がついた。

その2カ月後には消防士を辞め、2018年春に本格的に農業をスタート。さらに2019年1月にはロックファーム京都を立ち上げたのだ。

当時、サミットから帰ってきた村田さんの印象を、妻の玖美さんは今でも鮮明に覚えている。「とてつもない熱量だった」。その言葉の通り、村田さんは本気で「理想の農業への道」を突き進むことになった。

理想の農業経営を目指しての船出したものの、
出荷量ゼロの夏を迎えることに……

村田さんが最初に手掛けたのは、京都名産の「九条ネギ」だ。成熟したブランドネギであり、需要も高い。露地栽培で上手くいけば1年に3作できることも魅力的だった。
栽培方法や販路開拓については、村田さんが師匠と慕う近隣の先輩就農者に指導を仰いだ。
また、農業経営については、前出のコンサルティング企業社長や中小企業診断士からアドバイスを受け、綿密な経営計画も立てていた。

並行して、積極的に行ったのが農地獲得だ。母親だけが農業を手掛けるようになって以降、縮小していた農地を増やすために、近隣の荒れた畑を見つけては、持ち主を探して声をかけて回ったのだ。その他、知り合いから紹介をしてもらうなどして、次第に農地は拡大していった。

そんななか、満を持してスタートした九条ネギの生産。しかし、そう簡単に上手くはいかない。

「しっかり準備していたものの、1年目は本当に苦労しました。九条ネギの収穫期を前に、過去最大規模の台風の被害に合い、その夏は収穫ゼロ……。まさかの出来事でしたね」

しかし、そこで立ち止まらないのが村田さんだ。これまでほぼ1人で生産から総務、労務なども担当していた状況を改善し、収穫期のみの短期アルバイトでなく、社員を採用しようと動き出した。

「1人ですべてやるには、限界があるなと痛感しました。隅々まで生産管理をしていくために、しっかりとした農業経営の基盤を作るために、社員が必要だったんです」

これを機に入社したのは、農業経験のない3名の新入社員。村田さんは、「農業をやりたい」という彼らの気持ちを汲んで、採用を決意した。

「最初は失敗するかもしれない。でも、そこからが勝負だ」
そう腹をくくったという村田さんだったが、その予想は見事に裏切られた。
3人の社員は村田さんの指導を受けて自ら考え行動し、すぐに生産や生産管理を任せられるまでに成長したのだ。そのかいあって、翌年は2倍以上の売上を達成。九条ネギ以外の生産もスタートできる体制が整った。

現在の経営状態を聞くと、総売上は1億5000万円程度(2021年4月期)にまで成長。来期は2億円突破を目指しているという。順調な経営拡大、しかし、快進撃はまだまだこれからも続く。

年間通して、人々が訪れたくなる直売所を作る!
スイートコーン、イチゴ、サツマイモなどの生産スタートへ

「九条ネギが軌道にのったら、これに次ぐ柱を作りたいと考えていました。そこで選んだのがスイートコーンです。コーンは美味しさが分かりやすく、なかでもスイートコーンは特別感があって、直売所での販売に最適です」

さらに、夜明け前から行列ができるほど人気のスイートコーンを手掛ける、静岡県の「遠州森 鈴木農園」にも刺激を受けた。

持ち前の行動力で静岡まで鈴木農園を訪ね、生産現場を見学してきたという村田さん。すぐに京都で鈴木農園に匹敵するようなコーンを作りたいと考えるようになった。そして、いかにして自社のスイートコーンをPRするかを考え抜き、ブランドの立ち上げに踏み切った。

「京都発のスイートコーンを、いつかは世界中に認知される商品にしたいと思っていました。そこで、“京都×コーン”を分かりやすく伝えるために“京都舞コーン”というブランド名に。舞妓さんを連想させるような白い艶を持つホワイトコーンだからこそのネームミングです」

生産を開始した「京都舞コーン」は、地元メディアに取り上げられると瞬く間に認知度をあげ、早朝から100名が行列を作るほどの商品に成長した。しかし、そう簡単に上手くはいかない。昨年は生産が追い付かず、なんと並んだ客の2割程度にしかコーンを販売できなかったのだ。

「昨年は、前年比の10倍程度に畑を広げていたんです。それでいて3人しか社員がおらず、管理しきれなかったのが原因でしたね。規格外を多く出してしまい、ほとんどのお客さんにコーンを届けることができなくて……。かなり落ち込みました」

しかし、ここでも村田さんはすぐに次なる挑戦に目を向けた。今年からは社員を11名にまで増加させ、より手をかけられる環境を作ったのだ。

「今現在、京都舞コーンは好調です。今年こそは、並んで下さった方全員に、コーンを販売したいですね」

目指すはスイートコーンだけで売上1億円を達成することだという村田さん。今年はさらにイチゴ、エダマメ、サツマイモの生産もスタートし、忙しさに拍車がかかっている。

イチゴやエダマメなどの生産をスタートした理由は、一年中、直売所で旬の美味しい商品を販売したいと考えたからだという。コーンの販売期間は約2カ月。だからこそ10月にエダマメ、11月にサツマイモ、年末から6月まではイチゴ、という出荷リレー構想を実行に移した。

「うちの直売所に来たら、1年中、旬の美味しいものが手に入る。お客様にそう思っていただきたいなと思って。今後は販売だけでなく、何かエンターテインメント性のあるコンテンツを用意して、美味しさと楽しさを共に提供できる場所に直売所を育てていきます」

話を聞くたびに、次々と新たな構想が飛び出してくる。そんなインタビューの最後に、村田さんは今後のビジョンを語ってくれた。

「若者たちが、就職先として農家を選んでくれるようにしたいですね。だからこそ、これまでのイメージを一新して、かっこいい農家を目指していきたいと思います。農業は、唯一無二のゼロイチを作っていける産業です。1にするのも100にするのも自分次第。その可能性の魅力を、今後も発信していきます」

話を聞いていて、何よりも「かっこいい」と感じたのは、大きな夢を語りつつ、目の前の作物にも真剣に向き合うその姿勢だ。小さな日々の管理を丁寧に行い、土台となる土作りへのこだわりを決しておろそかにはしない。

「いつかは、世界に自社の商品を展開していきたい」
その不屈の精神と実行力があれば、京都舞コーンが世界中で販売され、ロックファーム京都の自社農場が海外にできる日も、そう遠くはないのかもしれない。そう感じずにはいられなかった。