“食べられるバラ”を軸に6次産業経営を実現。
農業を憧れの職業にするための、ロールモデルに

田中綾華さん/ ROSE LABO株式会社
農園所在地:埼玉県深谷市
就農年数:7年目
生産:食用バラ(農薬不使用)
※品種:ルージュロワイヤル・イヴピアッチェ・ホワイトチャーミング・サムライ・24(トゥエンティフォー)など

せっかくの人生、好きなことを追求したい。
大学を中退して、単身バラ栽培の修業へ

埼玉県深谷市にあるROSE LABO株式会社(以下、ROSE LABO)が所有する約1000坪のビニールハウスには、一面のバラが咲いている。すべて農薬不使用で栽培された“食べられるバラ”だ。2015年、創業者である田中綾華さんは22歳の若さで、このROSE LABOを起業した。

田中さんがバラの栽培に興味を持ったきっかけは、母親から「食べられるバラがある」と聞いたことだった。当時、国際政治経済学部の大学生だった田中さんは、とても驚いて、ぜひ食べてみたいと思ったのだと言う。

「曾祖母がバラを見ると元気になると言っていて、よく母も自宅のリビングにバラを飾っていたんです。私もバラが好きだったので、世界中で愛されてきたバラに“食べられる”という魅力もあるのか、と一層興味がわきました」

そこからの彼女の人生は大きく動き出した。なんと大学2年の春に中退を決意。大阪のバラ農家に修業に行く決心をしたのだ。衝動的ともいえる行動の理由は、「やりたいことが見つからない自分へのコンプレックス」と「せっかくの人生、好きなものを追求していたい」という思いだった。

「とにかく幸せになりたい。そのために、好きなことを仕事にしたいと考えていました。当時、同級生がキラキラとした目で自分の夢を語っているのに、私には何もなくて……。その差に愕然としていたんです。その中で、バラはやっと見つけた私の“やりたいこと”。飛び込むしかないなと思いました」

「一日でも早く、私もプロになりたい」という焦りが田中さんを突き動かした。修業先である大阪のバラ農家は、インターネット検索で見つけたのだという。当時、大学中退を事後報告したため、両親は心配から激怒……。少し距離を置くという意味でも、大阪への移住は好都合だった。

「このままでは農業課題を解決できない」と独立を決心。
深谷市にて、ROSE LABOをスタート

住み込みで働いた約2年の修業時代は、朝早く、体力的にきついこともあったが、生産からバラづくりに携われることが、とにかく楽しかった。これまで農業と触れ合う機会がなかった彼女にとって、初めての経験ばかり。栽培方法からバラの栄養成分まで基礎的なことは、すべてここで学んだ。

しかし次第に、いいバラを栽培することだけに注力する職人的な経営に疑問を持つようになった。もっとバラの魅力を広く知ってもらったほうがいいのではと、SNSでバラの魅力を発信することを師匠に提案したが、「そんなチャラチャラしたことはしなくていい」と取り合ってもらえなかった。

「SNSの件で意見が分かれたのをきっかけに、農家の可能性を拡げるためにもっと時代を先読みしたビジネス展開をするべきだと強く感じるようになり、独立を決めました。このままでは海外に市場を奪われかねないし、後継者不足の問題だって解決しない。自分がロールモデルになって、さまざまな農業課題を解決していきたいと思ったんです」

独立を決めた田中さんは、関東に戻り、埼玉県深谷市で念願の食用バラ栽培をスタートした。深谷市を選んだ理由は、バラの開花時期(5~10月)の気温が高く、開花に適していること、販売先となる都内レストランなどへの物流効率がよいことなどだった。なにより「花のまち」と言われる深谷には花を栽培する農家がたくさんあり、他の花農家との交流が期待できたこと、土地探しや営業先の紹介など、役場や商工会議所のサポートが手厚かったことも大きな決め手となった。

バラの栽培方法は、修業時代に習得した水耕栽培。土を使わずロックウールを使用し、ハウスに空調設備は入れず、常温で農薬不使用の“食べられるバラ”を栽培する手法を選んだ。

「初期投資に対する支援を活用して、立派すぎる設備を入れたためにランニングコストがかさみ、いつになっても経営が上向きにならないという話はよく聞きます。利益が出なければ経営は成り立たない。だからこそ、冷暖房設備は入れませんでした」

常温栽培が可能なのは、食用バラは「花弁のみが販売される」からだと田中さんは言う。切り花用などで販売されるバラであれば、葉を枯らすわけにはいかないので、こうはいかない。

綿密な計画を立ててタートしたROSE LABOだが、それでも万事順調というわけにはいかなかった。大阪での栽培方法をそのまま深谷に持ち込んだため、環境の違いに対応できず、3000本のバラをすべて枯らしてしまったこともある。まさに会社の危機。それでも田中さんは立ち止まらなかった。仕事と並行して、週末は農業を学ぶための学校に通い、自らのスキル向上を目指した。技術を身につけると、バラはそれにこたえるようにキレイに咲いてくれる。そのことにやりがいを感じ、前を向くことができた。

「生命力に触れて仕事をしていると、すごくポジティブになれるんです」
栽培は順調にいっても、今度は販路が見つからないなど、数々の困難を乗り越えてきた彼女の言葉だけに、深く響くものがある。

失敗と挑戦を繰り返し、
バラジャムや化粧品の開発・販売を実現

食用バラの生産が軌道にのると、ROSE LABOはそれを使った加工品や化粧品の開発、販売に漕ぎ出す。商品開発や加工(2次産業)、販売(3次産業)に手をのばしたのは、バラの賞味期限が短いこと、食用バラ市場はまだ小さく売上拡大が難しかったこと、そして、バラの廃棄を無くしたかったことなどが理由だった。

試行錯誤して開発した、食用バラを使ったジャムや紅茶、化粧品は、その安心感と品質、自社栽培ならではの価格設定で、多くの顧客をつかんでいった。現在、都内大手百貨店でも取り扱われている化粧品類は、ローズウォーターを主成分とし、バラの持つ栄養素、香りを最大限に活かしておりリピーターも多いのだとか。

「私自身がアトピー肌なので、私のような敏感肌でも安心して使える化粧品を作りたいとずっと考えていました。約2年の研究を経て開発した新品種のバラ、24(トゥエンティフォー)は自社栽培の他のバラよりもビタミンAが約10倍、ビタミンCが約2倍含まれています。これを使用したナチュラルコスメは、自信を持ってお勧めできる商品になりました」

2021年、15名となったROSE LABO社員は、生産、事務、販売とさまざまな仕事を担当している。経営の中で田中さんが徹底しているのは「全員が必ず生産現場を経験すること」だ。

「2次、3次産業は、1次産業があってこそ実現できるもの。生産現場を肌で知っていなくては、何をするにも説得力がないですよね。だからこそ、全員にバラに触れる仕事をきちんと経験してもらっています」

憧れられる農業、
新しい農業のかたちを作るために

農業を始める前と後で、自身の考え方などに変化はあったか、と尋ねると、田中さんは「IがWeになりました」と答えた。

「自分がどうなりたいかを考えるのではなく、私達を取り巻く環境のこと、地域や農業界全体のことなど、視野を広げて物事を考えるようになりましたね」

その言葉の通り、現在彼女は農業課題である後継者不足を解消しようと、中学高校で生徒たちに「農業の魅力」について語る授業を、ボランティアで行っている。自身が大学生まで農業に触れたことがなかったように、都心の子ども達が農業に触れずに育っていくことに大きな疑問を持ったからだ。

「若ければ、若いほど、ポジティブな反応がある」と語る彼女の目標は、子どもや若者から「憧れられる農業」をつくっていくこと。そのロールモデルに自身がなっていこうと、行動を起こし続けている。

さらにもう一つの目標は、「ROSE LABOで培った6次産業のスキルやノウハウを、広く他の生産者に共有していくこと」だ。例えば、加工商品の企画制作、マーケティングなどの支援や、加工工場を借りて他の農家にシェアするなど、多くの農家の新たな挑戦を広くサポートできないかと模索している。

独自のノウハウを提供することに躊躇しないのは、自らもたくさんの人に支えられてきたからだ。聞けば、最初にバラのジャムを試作してくれたのは、農園の近所の和菓子屋さんだったとか。その協力によって、スモールスタートで挑戦する機会を得たからこそ、今の自分がある。そのことを彼女は決して忘れていない。

「6次産業経営は正直大変なんです。だからこそ、道すじを立てて、挑戦したいと希望する農家に向けたサポート体制を作っていきたいと思っています。新しい農業の形を、ここから生み出していければ嬉しいですね」

エレガントなバラを栽培する彼女が持つ、アグレッシブなエネルギー。その向かう先にある新しい農業とは、どのようなものなのだろうか。

取材の最初に、「栽培するバラはどのように選んだのか」と聞いた際の彼女の答えが、実に印象的だった。

「400種くらい食べてみて、一番美味しかったものの中から選びました。実際食べてみないわからないので」

彼女とROSE LABOの躍進は、この潔さと行動力が原点なのだ。彼女の果敢な挑戦が実を結ぶ未来が、今から楽しみでならない。