故郷の岩手県大船渡市を、ワイナリーから盛り上げたい。
震災をきっかけに着手した、果樹生産とワイン造り

及川 武宏(おいかわ たけひろ)さん/ 及川 和子(おいかわ かずこ)さん
株式会社スリーピークス「THREE PEAKS」
農園所在地:岩手県大船渡市・陸前高田市
就農年数:9年目 2013年就農 (2016年法人化)
生産:りんご、ぶどう、りんごジュース、ワイン(ぶどう・りんご)、シードル

家族全員で埼玉から大船渡市に移住を決意。
震災後の三陸で、ワイナリーづくりを目指した理由とは

「三陸に100年続く新しい文化を創造する」。そんな志しを持って、岩手県大船渡市で、りんご園、ぶどう園、そしてワイナリーを営む夫妻がいる。大船渡市出身の及川武宏さんと、埼玉県出身の妻、和子さんだ。
現在は、武宏さんの両親とともに果樹園およびワイナリーの経営に取り組んでいるが、全員が未経験からの出発だった。就農当時のことを聞くと、武宏さんは、「とにかく地元にワイナリーを作りたかったんです」と振り返った。

 きっかけとなったのは、2011年3月の東日本大震災だ。周知のとおり、ワイナリーの位置する大船渡湾沿岸地区は、震災により甚大な被害を受けた地域である。震災当時は地元を遠く離れた東京で、コンサルティング会社に勤務していたという武宏さん。ちょうど、会社を辞めて東京で起業することを考えていた矢先に震災が起こった。

「故郷の被害状況を知り、震災後すぐに東京での起業を断念して、東日本大震災復興支援財団に入りました。大船渡を離れてから15年以上経っており、実は戻るつもりもなかったんですが、いてもたってもいられなかったんですよね。1年ほど岩手と当時住んでいた埼玉を行ったり来たりしながら復興支援をするうちに、次第に地元を盛り上げるために自分も何かをしたいという思いが強くなり、移住を決意しました」(武宏さん)

埼玉出身の和子さんにとっては、寝耳に水の移住・就農話だったという。当時は、埼玉県の実家からほど近い場所に新築した家で、幼い子供たちと暮らしていた和子さん。その暮らしを手放すことには、相当な勇気が必要だったはずだ。

「就農、移住とすごいスピードで話が進んでいくので、頭が追いつきませんでしたね(苦笑)。私と子供だけ埼玉に残る道もあったのですが、家族全員で移住しようと決心したのは、大船渡を見に訪れた時です。そこで、地元の方が主人を応援してくれていること、子供と一緒に移住してくるのを楽しみにしていることを実感して。あらためて義父母ともじっくり話をし、ここで暮らしていこうと決めました」(和子さん)

2014年、こうして及川夫妻と子供たちは大船渡市に移住することになった。

ワインから生まれる人流を故郷に作りたい。
りんご園、ぶどう園からスタートし、いよいよワイナリー建設へ

そもそも、武宏さんがワイナリーづくりに興味をもったきっかけは、ワーキングホリデーで訪れたニュージーランドのワイン文化に触れたことだった。地元の果実からワインを作り、そのワインが人々の文化となって観光客を呼び込む。その姿に感銘を受けたのだという。

そして震災後、「地元大船渡市で人を呼び込むワイン文化をつくりたい」と考えるようになった武宏さん。定年退職を迎えた両親と一緒に着手しようとしていた矢先に、隣町のりんご園が廃業するという話を聞いた。そこは、武宏さんが幼いころから毎年りんごを買いに行っていたりんご園だった。

 「オーナーが高齢のため廃業をすると聞いて、じゃあ、僕たちが借りて、りんご園を引き継ごうかという話になったんです。ぶどうの生産も視野に入れていましたが、ぶどうは収穫までに3年はかかる。その間にりんごを生産し、ジュースやシードルを作れないかと考えていました」(武宏さん)

古くから営んでいたりんご園には樹齢50年を超える老木も多く手間もかかるが、美味しい果実が実ることは自分たちが何より知っていた。オーナーは武宏さんらの申し出を快諾。まだ移住はしていなかった2013年、こうして武宏さんは最初のりんご園を手に入れたのだ。

 ここを起点として、今では3カ所のりんご園を借り受け、その総面積は1.5㏊ほどになった。りんご園に続いて、畑を借りてぶどうの樹を植えた武宏さんら。そんなぶどう園も、現在は総面積60aほどまで増えた。借り受けはすべて、果樹園経営者からの依頼。生産者の高齢化が進み、「うちも借りてくれないか」という話がたくさん舞い込んでいたのだという。

就農から数年は果樹園経営とジュースやワイン販売もしていたが、自分の醸造所を持っているわけではなかった。ジュースもワインもシードルも委託で生産して販売。2016年に法人化し「株式会社スリーピークス(THREE PEAKS Inc.)」(以下、スリーピークス)となっても、しばらくは委託での商品生産を続けた。

そして2018年満を持してワイナリー(醸造所)を建設。ここからは醸造も自分たちで行った。醸造技術については武宏さんが、委託先で修行して習得したという。
ワイナリー建設にかかる費用は補助金1200万円と融資の借入金で賄った。「借入金は合計5000万円ほど。ここからがんばって返していかなければならないですね」と武宏さんは、和子さんと目を見合わせて苦笑した。

「現在は、醸造所を併設したワイナリーで、シードル、アップルワイン、アップルジュース、そしてワイン(ぶどう)を生産販売しています。周辺地域のぶどうで造るワインは、白、ロゼ、スパークリングなど。ようやく2018年、2019年には自畑のぶどうのみでワインを造ることができ、夢に一歩近づいたように感じました」(武宏さん)

コロナ禍で飲食店への販売がゼロに。
ピンチを救ったのは和子さんが手掛ける通販サイト&SNS発信

ワイナリーが本格始動して以降は売上も順調に伸びていくはずだった。しかし新型コロナウイルスが大流行。飲食店は営業できず、気軽に旅行や外出を楽しむことができない時期が続いた。スリーピークスにとって大きな打撃だ。

「当初は飲食店を中心に販路開拓をしていたのですが、その道が断たたれ、直売(通販含む)に頼るしかない状態になりました。2021年後半からは全国のワインショップに営業し、商品を置いてくれる店舗を増やしていますが、やはり、今でもオンラインショップでの販売が売上の中心です」(武宏さん)

そのオンラインショップの運用やSNSを使った宣伝、販促活動を担っているのが和子さんだ。

 スリーピークスのオンラインショップ(https://3peaks.shop/)のTOPページを覗くと、ほっとするビジュアルが広がっている。各商品のページには、商品写真はもちろん、畑、収穫・醸造風景、家族の仕事風景などの写真が何枚も並ぶ。誰がどのように生産しているのか想像を掻き立てられる仕上がりだ。これらの写真は、すべて和子さんが撮影、編集加工をしたものだという。

「広告やSNS経由でオンラインショップに来てくれたお客様ががっかりしないよう、商品、HP、SNS共通のテイストを決めて、ブランドデザインをしてきました」と語る和子さん。確かにスリーピークスの商品やHPなどには共通の世界観があり、それはエチケット(ワインのラベル)や商品のネーミングにも浸透していた。

「商品のブランドデザインに関してはデザイナーさんと私たちの3人で話し合って決めています。アイデアマンな主人から飛び出した多種多様な意見を、デザイナーさんと私で、方向性を決めて実装していくという感じですね」(和子さん)

りんごの商品ラインの名称は「りんご屋まち子シリーズ」。「まち子」はりんご園を一手に引き受ける武宏さんの母の名前だ。オンラインショップページには、孫たちと一緒に収穫をするまち子さんの写真も掲載され、商品に温かみを感じさせている。

さらに和子さんはSNSの更新(Twitter、Facebook、Instagramを運用中)も顧客獲得においては力を入れていきたいと語る。

「SNSは毎日の更新を目指しています。投稿内容や時間もリーチ率を考えて、試行錯誤中。生産者の姿や作業風景などは反応がいいですね。だからこそ主人の写真もどんどんSNSで使っています。最近はYouTubeにも果樹園の様子や仕込みの様子を紹介する動画を投稿しているので、なかなか忙しいです(笑)」(和子さん)

SNSやオンラインショップを通じて、お客様とやり取りするのも楽しいと語る和子さん。商品発送の際に入れるという手紙においても、HPやSNSのテイストを合わせることを忘れない。果樹園とワイナリーの経営に、及川夫妻はそれぞれの得意分野を生かしていた。これこそがスリーピークスワイナリーの強みなのだ。

困難に対面すれば「これが農業」と、前を向くのがスリーピークス。
ワイン文化で人を呼び込む未来をつくりたい

今後については、「まずは、いいワイン、シードルを作ることを大事にしたい」と武宏さんは答えた。同じ樹でも、実る果実の味は毎年少しずつ違っている。だからこそ、その年の良さを最大限に生かしたワインなどを作ることが大事なのだ。

「今年のぶどうの味なら、こんなワインに仕上げたい、と想像を膨らませながら醸造しています。毎年同じようで違う。これがワイン造りの面白さですね」(武宏さん)

一方で、天候や台風など、コントロールできない要素に大きな影響を受けることが農業の難しさだとも語った。さらに、毎年しっかりと果樹に向き合い、どうすれば美味しい実が生るのかを探求することが、農業の大変さでもあり面白さでもあると言う。

「でも、大変って言わないんですよ。彼も、お父さんとお母さんも」と笑う和子さん。聞けば、就農1年目には台風でりんごの実が2t(全体量の半分)以上落ち、一昨年は病気でぶどうが一切獲れなかったという。それでも、武宏さんは「これが農業なのか」と割り切り、「次どうすべきか」をすぐに考えていたのだ。
 

最初に紹介したとおり、スリーピークスはワインを通して「三陸に100年続く新しい文化を創造する」ことを目標にしている。

2019年からはワイナリーも本格始動。コロナ禍を抜けた暁には、「たくさんの人にワイナリーに来てもらう」という信念を軸に、スリーピークスはこれからもワイナリーを成長させていくのだろう。そして、国内外から地域に人を呼び込み、子供たちに世界との出会いを提供していくのだろう。逆境に強い及川家のスリーピークスだからこそ、そんな未来を容易に想像することができた。

就農を考えている人へのメッセージ

新規就農で直販をするのであれば、SNSを使わない選択肢はないと思います。ぜひ質のよいを野菜や果実を作るとともに、魅力的なHPの制作やSNSの発信にも挑戦してみてください。加工品生産への挑戦についてアドバイスすると、ワイン造りで利益をたくさん出すことはかなり難しいです(苦笑)。ワイン販売のみではなく飲食を絡める、生食販売も実施するなど様々な手法で、しっかりと経営計画を立てることをおすすめします。
 

株式会社スリーピークス「THREE PEAKS」ホームページ https://3peaks.shop/