2022.12.26

家族に食べさせたいと思える野菜をつくる。
元商社マンが無農薬無化学肥料栽培で拓く農業の未来

香取岳彦さん/ベジLIFE‼
農園所在地:千葉県我孫子市
就農年数: 7年目
生産:無農薬無化学肥料栽培による旬野菜50品目150種類

社会人7年目の転機。
祖父母の畑を引き継ぎ、農薬や肥料に頼らない農業に挑戦

千葉県我孫子市にある3ヘクタールほどの畑で、50品目150種類の野菜を栽培する農園「ベジLIFE‼」。代表の香取岳彦さんは、商社マンから一念発起し農業の世界に飛び込んだ。

大学院を卒業後、商社に就職した香取さんは、日本の技術を海外に輸出する仕事に従事。「将来的には起業したい」と考えつつも、アメリカやアジアなど海外を飛び回る日々を送っていた。数年後、結婚して子どもも生まれたが、子育てに関わる余裕などはなかった。

入社して7年経った頃、香取さんは次のステップについて考え始める。どんな事業で起業しようかと、さまざまな可能性を探っていたとき、祖父母が農業を辞め、使っていた農地が手つかずになっているという話を耳にした。

農地の周辺は、どんどん住宅地になってしまっていて、このままでは先祖代々守ってきたうちの農地もなくなってしまう。素直にそのことを寂しいなと感じたという。そこから、香取さんが「農家になろう」と考えるようになるまで、そう時間はかからなかった。

「農地を守りたいなら、自分が動けばいいと思ったんです。子どもたちが食べる野菜を自分で作りたいという思いもありました。また、食糧自給率の低下が問題視されている現代において、農業は今後ものびしろがあるとも考えました」

そういった想いに背中を押された香取さんが、やってみたいと考えたのは、無農薬無化学肥料栽培による野菜の生産だった。「せっかくなら、妻や子どもたちが安心して食べられる、安全で美味しい野菜を作りたい」。こうして農業への道がスタートした。

「農家になりたい」と切り出すと、妻は賛成したが、祖父母や両親の反対にあった。妻が2人目の子を妊娠中で、まずは収入面を心配された。祖父母は「農業なんて手は痛いし、腰が曲がるし、冬は寒いし、本当に大変。孫にそんな思いをさせたくない」とこぼしたという。

「農家だった祖父母でさえ、農家になることを反対するという現実に驚きましたね。でも、“だったらそんな現実を自分が変えてやる” という思いも湧いてきて。これをきっかけに、農業を憧れの職業にしたいと思うようになりました」

農家見学を重ねて、転職を決意。
研修と野菜づくり、販路開拓を一気に進める

就農について考え始めた香取さんが、まず行ったのは自分の目で、農家の仕事を確かめることだった。会社員として働きつつ、休日などを使って千葉をはじめ、茨城、群馬、静岡まで10軒、20軒と、足繁く農家を訪問。見学先農家は、ネット検索や紹介を通じて探したという。

「若手の農家さんは、みんな生き生きと働いている姿を見せてくれました。これなら自分の頑張り方次第でうまくいきそうと自信が湧きましたね。収入面も家族共倒れになる心配はなさそうだなど感じ、農家になる決心がついたんです」

2015年に会社を辞め、そこから1年間は千葉県柏市の農家で研修を受けた。行っていたのは多品目野菜の無農薬栽培。目指していた無農薬無化学肥料栽培ではなかったが、農業における基礎知識や栽培スケジュールなど実務を学ぶことができた。その傍ら、無農薬無化学肥料栽培については独学で研究しつつ、SNSを通じて知り合った若手農家主催の勉強会に行ったり、農園見学を続けたりした。

学んだことは、すぐに実践。研修と自分の畑で野菜栽培を同時並行で行い、できた野菜を知り合いや元同僚らに無料で配ることにした。宅配で各所に送った野菜は好評で、2016年に正式に就農したときには、既に30人ほどが定期購入を契約。幸先の良いスタートを切ることができた。

「就農するときには、7年後にはこうなっていたいという目標を示した計画書を作りました。緻密な経営計画書というわけではありませんが、7年後には何人を雇用し、どのくらいの売上になっていたいかという大枠の目標を掲げました。とにかくまずは7年間でこれを叶えようと思っていたんです」

社会人7年目で、農業に舵を切った香取さん。「ラッキー7だから、7年ごとに目標しっかり持つようにしているんです」と、笑顔で当時を振り返った。

除草と土づくりで害虫に負けない野菜をつくり、
販売は通信販売のみで実施するスタイルを確立

スタート当初から、ある程度の顧客が確保できていた「ベジLIFE!!」。しかし、最初から何もかもが順調だったわけではない。特に無農薬無化学肥料栽培が軌道に乗るまでには時間がかかったという。

「農薬に頼らない栽培は、常に病害虫との戦いです。最初の頃は出荷できるのが、全収穫量の5、6割程度……。出荷できない野菜は知り合いが買ってくれたり、レストランがB品として仕入れてくれたりしていましたが、3年間ぐらいは病害虫にやられ続けていましたね」

正品率を上げるため、香取さんは先輩農家や肥料会社に根気強く意見を聞いて回ったり、野菜ごとに異なる農家の元で学んだり、試行錯誤を続けた。そのうち、虫のすみかとなる雑草の管理を徹底して行うことで、野菜の出来が格段に良くなることを発見。成長期や収穫前などは、特に、周辺の土地やあぜ道の除草を念入りに行うことで、虫害を減らすことに成功した。

また、質の良い野菜をつくるためには、土づくりも肝となる。香取さんの畑では、初年度から馬糞たい肥を欠かさず散布。さらに循環型の農業を目指し、野菜の残渣(残りかす)やキノコを収穫し終わった後の廃菌床、ヒノキの酵素チップなども利用した土づくりを行っている。

「土が仕上がってきたことと、畑周辺の草取りを徹底したことで、次第に正品率は7、8割に上がりました。自然由来の様々なものを混ぜてつくった土は、初期の頃の土と比べると柔らかくなっているような気がしています」

一方で、販売方法は就農時から変わらず、「旬野菜の詰め合わせセット、通信販売(宅配)のみ」という独自スタイルだ。

「通販限定したのは 、販路開拓をする時間も、畑での直売をする時間も、スーパーや直売所などに卸しに行く時間も取れなかったから。当初は1人だけで切り盛りしていたので、できることに限界があります。畑仕事に注力しながらできる販売方法を検討した結果、自宅で箱詰めすれば、宅配業者さんが回収して顧客のもとまで届けてくれる通販方式が一番効率がいい、と考えました」
さらに、通販の申し込み窓口を産直通販サイト「食べチョク」を活用し、顧客の管理もサイト内で完結できるようにした。とにかく農作業以外では、手間がかからない方法をとる。これが香取さん流の考えだ。

現在は、月1000セットほどの販売で、売り上げは約3,500万円(年間)に上る。100回、200回とリピート購入してくれるお客さんがいることについて、香取さんは「つくった野菜が、その人の食生活の一部になっていることが、とても嬉しいです」と笑顔で話す。
3年前から研修生を雇うようにもなり、「ベジLIFE!!」は成長を続けた。

農業の面白みを感じてもらうための、
農業体験や「アグリパーク」構想

野菜づくりと並行して、就農当時から、香取さんが力を入れているのが「農業体験の提供」だ。地元の幼稚園児や小学生、大学生から社会人むけに、苗の植え付けや野菜の収穫体験を提供。現在は、参加者が安心して農作業できるよう、畑のそばに手洗い場を設け、トイレも設置している。

「農業体験は、たくさんの子どもたちに、小さいころから土や野菜づくりに親しんで、農業の面白さを感じてほしいと思って始めました。収益目的ではない取り組みですし、マンパワーも限られているので、受け入れ数は限られてきます。でも、できる限り多くの人に体験を提供したいと思って続けています」

「体験を通して、農家という職業に興味持ち、その道を選択してくれる人が増えれば嬉しい」と語る香取さん。「農業にはさまざまな作業があるので、幅広い年代の人が一緒に働くことができる。いろいろな世代が集まり、農業を通じてワイワイ交流するのって、とても楽しい時間なんですよ」と農業体験の醍醐味も教えてくれた。

就農して7年。そろそろ次の挑戦も考えているのかと聞くと、香取さんは「今、計画書を作成しているところです」と語ってくれた。7年前、計画書に書いた売上3,500万円と1~2名の雇用はすでに叶えた。現在作成中だという次の計画書には、これからどんな言葉が書き込まれるのだろうか。

長期的には、「アグリパークをつくる」という大きな夢もある。農業もちろん、カフェや塾、温泉があり、スポーツなどもできる場所。目指すのは、農業体験も食育も、その他の遊びもでき、子どもたちが思いっきり体を動かして楽しむことのできる施設だ。将来的にはそこで、農業の魅力を伝えていきたいと、香取さんは考えていた。

最後に、農家に転身して良かったことを聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「農家になって、サラリーマン時代から大きく生活が変わりました。一番の変わったのは、時間の使い方。なかでも子どもとの時間を持てたことが大きいですね。近くで子どもが遊んでいる姿を見ながら作業したり、家族と一緒に晩御飯を食べたりできる。その何気ない日常が幸せです。海外出張が多かった時代と比べると、各段に生活の満足度が上がりました。月8日の休みをとり、2カ月に1回は家族でキャンプに行く。そんな生活ができるようになったことについては、妻が一番、喜んでいます(笑)」

また、野菜の栽培を通して、生命という限りあるものと触れ合うことで、「命の大切さや時間の有限性を感じることも増えた」という。そして、「今、生きている時間や目の前にあるものを大切にしたい」と強く思うようになったのだとか。

農業を憧れの職業にするという香取さんの思い。今後は、どのような形で、その思いを実現していくのか。次の7年の歩みも、そして、その先の未来も楽しみだ。

就農を考えている方へメッセージ

無農薬無化学肥料栽培は手間が掛かる農法ではありますが、成功している農家さんもたくさんいます。やりがいはあるので、先輩農家さんを参考にしながら挑戦してみるのもいいと思います。周囲の話に耳を傾け、勉強をし続け、焦らずに、自分らしい農業に挑戦してみてください。