2023.02.22

都市で暮らす人々に「農業って面白い」を広めたい
地域の生産者と消費者が互いに支え合う「CSA」を推進

繁昌知洋さん/繁昌農園
農園所在地:東京都青梅市
就農年数:6年目 2016年就農
生産:大根、人参、ブロッコリー、枝豆、とうもろこし、ベビーリーフ、サラダケール、落花生、カラフル大根、ごせき晩成小松菜、ズッキーニ、カラフルかぶなど40品目100種類以上

生き物好きから始まり、青果店勤めを経て東京で就農

東京と聞けば、高層ビルが建ち並ぶコンクリートジャングルを思い浮かべる人も少なくないだろう。しかし、都内にも農業に情熱を注ぐ次世代がいる。繁昌知洋さんもその一人だ。東京の西側、青梅市にある温泉地・岩蔵温泉郷で「東京繁昌農園」を営んでいる。

東京の小平市に生まれ育ち、農業とは無縁だった繁昌さんだが、幼い頃から生き物や自然が大好きだった。それを追求したくて北里大学の海洋生命科学部へ進学し、自然環境学を学ぶうちに自然と関わる仕事がしたくなり、農業に興味が湧いた。

大学卒業後、農家になることも考えたが、当時は就農のための情報や窓口も不足しており、繁昌さん自身がどんな農業をしたいのかも明確ではなかったため、まずは百貨店などに出店している青果店に就職した。そこで繁昌さんが学んだのは、同じ青果店でも量販店や百貨店など売り場によって、お客様の層も求められる野菜も全く違うということだった。青果店勤めの1年間で「お客様の目線」で提供することを経験した繁昌さんは翌年には退職し、民間の農業学校に入学して基礎を学び、立川市の農家で約2年間の研修を積んだ。

独立したのは2016年のこと。地方で就農する選択肢もある中で、なぜ東京で農家になることを選んだのだろうか。

「僕自身が生まれ育った場所ですし、立川の農家にお世話になったことで、東京でも農業ができると気づきました。また、都市農業には作物を生産するだけでなく、人々に土とふれ合う機会を提供する役割もあります。都市部の人にも農業に興味を持ってもらいたいという思いがあったので、自然豊かで都会にも近い青梅市にピンと来て、ここに決めました」

延べ200種類もの多品種を有機農法で栽培

繁昌さんの農園はまさに都市農業らしく、小さめの圃場が約16ヶ所に渡って点在している。3反から始まり、少しずつ増えて現在は約20反に拡大した。そこで栽培しているのは有機野菜。なんと年間を通じて200種類にも上る多品種を少量ずつ生産している。ジャガイモ、ニンジン、ダイコン、カブ、ブロッコリーをはじめ、都市との距離の近さを活かし、鮮度がものを言う枝豆やトウモロコシなどにも力を入れている。

こんなにも多くの種類の野菜を、繁昌さんをメインに研修生1名と週に1〜2回来てくれるボランティアサポーター数名で世話している。

「少量多品種の栽培は、研修先の農家の師匠から習いました。畝ごとに違う野菜をつくるのですが、例えばこの畝はアブラナ科、キク科というふうに、ある程度カテゴリーに分けて育てることができるので、そんなに大変ではないです。常に何かの種を蒔いているかたちにはなりますが、飽きが来ず、毎日新鮮な気持ちで臨むことができるので、僕には合っています」

「それより、大変だったのは土づくり。土地によって土の個性が全く違うので、師匠の所でつくっていた野菜が、同じように種を蒔いても育ってくれないということが初期はよくありました。生産が安定するまで2〜3年はかかりましたね。1年目は緑肥をやったり、翌年は栽培期間の短い小松菜を育てたり、土壌診断をして落ち葉堆肥をやったりするなど、徐々に土を改良していきました。そういう作業も一人でやるととても大変なので、ワークショップを企画して、20人くらいで一気に、しかも楽しく取り組みました」

独立してから生産が安定するまでの費用は、東京都や青梅市の認定就農者に向けた補助金を活用しつつ、アルバイトも少し組み合わせてやりくりしたそうだ。現在は採算ベースに乗り、順調に推移している。

消費者側からも農家を盛り上げる「CSA」を推進

繁昌さんの有機野菜は、都内のスーパーや飲食店、マルシェ、自身のオンラインショップや「食べチョク」などで販売している他、「CSA」という仕組みでの販売も行なっている。

CSAとは(Community Supported Agriculture)の略で、消費者が生産者に先に代金を支払い、定期的に農産物を受け取るシステム。天候不順や規格外野菜のロスなどリスクを常に抱える農家を消費者側から買い支え、代わりに消費者は新鮮な野菜や生産者とのコミュニケーションから食や農への知識などを得ることができる。アメリカ発祥のこのシステムは、日本ではまだなじみが薄いが、消費者からも農業を盛り上げ、農家のリスクをシェアしていく活動として注目が集まっている。

繁昌さんは現在、3つのCSAを運営中だ。1つ目は岩蔵野菜CSA。これは繁昌さんを含む岩蔵温泉エリアの農家がつくる野菜(「岩蔵野菜」としてブランディングしている)のCSAで、消費者の野菜の受け取り場所を岩蔵温泉郷に1軒だけ残る旅館のロビーに設置。農家や旅館の女将、この地域に住むデザイナー、金融関係者などの多様なメンバーが集まり地域活性化に取り組む「Iwakura Experience」の活動の一環として実施している。

2つ目は、都心部の芝浦にあるタワーマンションの住人に向けた芝浦CSA。新鮮な野菜を届けるだけでなく、日頃は土を触る機会のない人々に農園に来てもらい、土いじりや収穫体験の場を提供している。

3つ目は、株式会社4NATUREと共に2022年から始めた「CSA LOOP」という取り組みだ。消費者がコンポストで家庭ゴミから堆肥をつくり、その堆肥を近くのカフェやファーマーズマーケットなどに持参する。その堆肥を使用して農家が野菜を栽培し、その野菜を消費者が購入するという仕組みだ。地域で資源を循環させ、持続可能なコミュニティをつくっていく試みである。

こうした繁昌さんのCSAには、農業や畑仕事に興味があるのはもちろん、コミュニティに関心のある若い世代や子育て中の人、第二の人生を考え始めている40代半ば〜50代など、幅広い層の人たちが参加しているという。

「今までは会社や人のために頑張ってきたけれど、今後は自分自身のために生きていきたいと思った時、人間性の回復を促す農業に興味を持つようになる思います。僕自身がもともと自然と関わることが大好きで、常にリフレッシュされた状態で物事にチャレンジしてきました。それは本来人間として楽しいことだし、農業もその延長で始めたようなものです。そういう僕のやっているようなことに、都会のサラリーマンの方は何か感じるものがあるのかもしれませんね」

「農」的な価値観を都市部の人々に提案

繁昌さんは現在、「Iwakura Experience」の中で、池袋のサンシャイン水族館と協働し、新しい農業の形である「アクアポニックス」にも取り組み始めている。アクアポニックスとは、水耕栽培と養殖を掛け合わせた循環型の農法で、微生物が分解した魚の排泄物を栄養分に農作物を育てるとともに、それによって浄化された水が再び魚の水槽へと戻る生産システムだ。「水で行う有機栽培」とも呼ばれ、地球にやさしい次世代のエコ農業として、その可能性に期待が寄せられている。

「僕が学生の時に研究していたのは海の生物で、実は水族館のスタッフになりたかったぐらい。でもいろいろな過程を経て農業にたどり着きました。水族館は今、里山文化や循環について、とても興味を持っています。キーワードは“土”なんです。海の生態系を考えると、山から川を通じて栄養分が海に流れ出て、沿岸の微生物が増え、小魚が増え、大きな魚が増えていきます。つまりは大元にある山や森の土がフカフカで肥えていることがすごく大事。その土を畑で再現すれば、おいしい野菜ができます。山と海はつながっていますし、人間も自然とつながっている。その循環が分かりやすいアクアポニックスは、言わば小さな地球と見立てることができます。現在は岩蔵温泉の旅館の敷地にビニールハウスを設置させていただいて、実験的に魚と、レタスやケールなどの野菜を育てています。ゆくゆくはそれを“魚が育てた野菜”として都市部にも紹介できたらと思っています」

最近はSDGsが世界的に叫ばれており、大企業でも農業に対する関心が高まっている。しかし、野菜を生産してお金にする、生きていくために食糧をつくることだけが農業の意義ではなく、野菜づくりの楽しさを知ることや、生態系の保全など、自然科学を含んだ部分にも“農”の大きな意義があると、繁昌さんは続けます。

「やはり“楽しむ”ということが重要ですよね。“農業”となると生産性や効率性に目が向いてしまいがちですが、“農”的な視点で見れば、例えば落ち葉をかき集めて発酵させて堆肥にするという手間暇と大変さもあえて楽しむことができます。非効率を楽しむということの価値を、土に触れたことがない人たちに提案する過程が僕は楽しい。それは“都市農業”だからこそできることだと思いますし、そういう体験を通じて人口の多い都市部から“農”への意識が変わって行けば、結果的に農業全体にとっても、環境にとっても、良い影響になるんじゃないかと思います」

繁昌さんの農園から、“農”の本当の価値を共有し支え合う、未来の暮らしの形やコミュニティが一つの生態系のように広がっていきそうだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「就農前に僕が描いていた農業は、畑で一人、誰とも喋らずに悠々自適にやっているイメージだったのですが、実際に農業を始めてみると、会社員をしていた時と比べて何百倍も人とつながる機会が増えました。農業は野菜をつくるだけではなく、多方面に活用できるいろいろな価値を生んでいけることが面白い。実際に農業をたった一人でやるのはきついし、一つの大きな目的を共有する者同士がチームになって頑張っていった方が、盛り上がりも大きくなります。例えば僕は農家レストランにも興味があるけれど、自分ではなかなかできないので、それをやりたい人と手を取り合いながらやっていった方が、良い農業ができるし、地域活性にもつながる。農業を長く続ける秘訣も、人とつながることだと思います。そして自分自身がいちばん楽しむこと。楽しんでやっていれば、周りからいろいろな支援や、共感してくれる人が集まって来てくれます」