2023.03.09

種苗から大切に育てあげ、
きれいな菊ができると誇らしい。
自身が納得のいく菊を目指して

高庄典明さん
農園所在地:栃木県市貝町
就農年数:6年目 2017年就農
生産:小菊、スプレー菊

菊との感動の出会いが就農の決め手

日本で最も需要の多い切り花と言えば「菊」。仏事等に供する花として日本人の日常に根付いている菊は、洋花の人気が高まってきたとはいえ、国内に流通する年間50億本以上の切り花の4割近くをいまだ占めている。市場のプライスリーダーとして花の相場を左右する存在だ。

高庄典明さんは、生まれ育った栃木県市貝町で、2017年から菊農家として農業を始めた。首都圏への輸送のしやすさでもアドバンテージがある栃木県は、菊の出荷量が全国でも上位に位置する。高庄さんの住む市貝町の町花でもあり、町内には水稲や野菜を栽培する傍らで菊の生産を行っている農家も複数ある。

 実家が米農家である高庄さんは、子どもの頃から田んぼや畑の農作業を手伝ってきた経験があり、農業を身近に感じていたという。「いつかは農業に就きたい」と漠然と思い描きつつ、栃木県内の企業に就職して働いていたが、30歳を過ぎた時、菊を育てているある農家との出会いがきっかけで、就農への思いが具体化した。

その菊農家は同じ町内の、元同級生のお父さん。高庄さんの親からの紹介でその方の圃場を見学しに行った時、栽培されている菊のあまりの美しさ、品質の高さに胸を打たれた。

「菊そのものも素晴らしかったですが、菊に対する思いや、栽培方法などをとても親切に教えてくれる人柄にも感動しました。今でも何かあると、電話で聞いたり、圃場に行かせてもらったりしています」

2016年、その方から菊の苗を譲っていただき、まずは自宅の畑の片隅に植えて育ててみたところ思った以上に良質な菊が育ち、高庄さんは「これなら行けるかもしれない」と手応えを感じた。栽培の過程で師匠の畑にも足繁く通いながら栽培技術やさまざまな作業のやり方も学んでいたため、翌年の2017年に菊農家として、露地とビニールハウスを合わせて40アールの圃場で開業した。

菊の出荷のピークはお盆からお彼岸、秋以降は翌年の準備

菊農家の農作業は3月頃からスタートする。高庄さんの菊は露地栽培がメインで、ビニールハウスでも育てている。毎年、種苗業者から苗を購入し、十分に根っこを生育させてから、気温が十分に暖かくなった4月に定植する(ビニールハウスの場合は3月中旬あたりで定植)。その菊を約3ヶ月かけて育て、7月〜9月にかけて出荷する。栽培期間中は地面近くの葉っぱを適宜摘み取って風通しを良くし、サビ病などの病気を防いだり、アブラムシやダニなど害虫を駆除したり、除草を行ったりとこまめな作業が必要だ。

菊の出荷のピークは、需要が最も高まる8月のお盆と9月のお彼岸。夏は涼しいうちに収穫しないと花が萎れてしまうため、朝5時には圃場に出る。白、黄色、赤など菊の色別に収穫し、自宅の作業場に運んで機械にかけ、重量によって選別し束ねる。繁忙期には朝の9時から箱詰めを開始し、終わるのが夜の9時になることもある。箱詰めした菊は冷蔵庫に保管し、翌日出荷する。

こうした作業を、現在は高庄さんとご両親の3人で行っており、繁忙期には兄弟の手を借りるという体制だ。

出荷のピークを過ぎた10月、11月からは、片付けの他、翌年に向けての準備に入る。収穫後の菊の親株(菊を切り終わったもの)から翌年に出てくる新芽を苗として再利用するため、圃場の親株の一部をビニールハウスに移植して越冬させるのだ。毎年全ての苗を新しく購入していると大きなコストがかかるため、親株をうまく使う。ハウスの面積と経営面を鑑みて、どのくらいの量の親株を残すかを計算し、1株ずつ手作業で掘り起こして移植する。こうした作業の一つひとつが、翌年の菊のでき栄えと収入を左右するのだ。

菊栽培の喜びと大変さ、次なるチャレンジ

「花を育てる」という優雅な響きからは想像できないような、地道でこまめな作業が必要な菊栽培だが、高庄さんはどのようなモチベーションで取り組んでいるのだろうか? 菊栽培の喜びを伺ってみた。

「やはり、自分の納得のいくものができた時はうれしいですね。かなり手間ひまをかけて、苦労して育てているので、納得のいく品質の菊ができた時は大きな喜びがあります。病気も出ていなくて、害虫にもやられていない、きれいな菊ができると誇らしい。それに加えて相場が良いと、疲れも吹っ飛びます」

生真面目な高庄さんらしい答えが返ってきた。静かに黙々と、しかし、いつでも前に進むことを心に決めて、菊農家の道を邁進している。現在の出荷先はJA一本で、まだ直売所などへの出荷は手が回っていないという。違う見方をするなら、それほどまでに高庄さんの菊栽培の品質とサイクルが安定してきている証だろう。ここ数年のコロナ禍では、洋花の輸入量が減ったために、菊の需要が増加し、売り上げは好調だったそうだ。

一方で、菊農家にはどんな苦労があるのだろうか? 就農の前後で農業へのイメージが変わったかどうか尋ねてみた。

「就農前から大変そうだというイメージはありましたが、実際やってみて、自然が相手なので、天候や不慮の災害などその時その時に合わせた対策をしないといけません。その大変さが身に染みた、という感じです。強風で倒れてしまった菊を一株ずつ手で起こしたり、大雨が降って畑が水浸しになり、水が引かないということもありました。根腐れしないように、スコップで排水溝を掘ってなんとか排水したり」

こうした大変な経験をしながらも、就農してから上げた収益と市貝町の補助金を使って少しずつ設備を充実させ、自らの菊農場を充実させてきた高庄さん。次なるチャレンジにも前向きだ。

「圃場の規模は、少しずつ拡大していきたいと思っています。その他に “電照栽培”に挑戦したい。LEDライトを花に照射することで開花時期をコントロールする栽培方法です。現在は薬品を使って開花時期を調整していますが、より正確にコントロールできるので」

菊だけではなく、他の花を育てたくなったりはしないのか?と少し意地悪な質問をすると、高庄さんは菊の魅力の奥深さを語ってくれた。

「菊は品種によって葉っぱの形も花のフォーメーションも全然違っていて、探求のしがいがあります。同じ菊でもつくる人の性格まで花に表れます。誠意を持ってしっかりやっている人の菊は、やはり立派に育つ。僕も時間さえあれば圃場になるべく足を運んで、菊の状態を確認し、異常を早く見つけて対処するように気をつけています。そういう性格みたいなものが出るのが面白い」

農業に取り組むスタンスやモチベーションは十人十色。無農薬などにとことんこだわる人もいれば、ビジネスとして多くの人に喜んでもらう方法を追求する人、農業を通じた地域活性や理想の暮らしの実現を目的にする人もいる。高庄さんはその中でも、自身の菊への感動や想いを真ん中に、コツコツと良いものをつくり続ける職人気質のプロフェッショナルだ。菊との出会い、信じるに足る人との出会いによってもたらされた高庄さんらしい農業の道。その行先はきっと明るい。

就農を考えている人へのメッセージ

「ぜひ、臆せずにチャレンジしてみてほしいです。僕も農業の学校を出たわけではなく、手本となる良い人にめぐり会えたから今があります。もちろん農業の学校で専門的なことを学んで就農するのも良いと思いますが、現場の実践で身につけた知識や技術が実際にはものを言うと思います。まずはやってみることです。農業は気候変動や物資の高騰などで年々厳しい状況にありますが、やっていたら必ず喜びがあり、良いことがあり、報われるので、チャレンジしてみてください。自分で動いて、自分の思う通りにやれることが、何よりの喜びだと思います」