2024.02.06

地域の農業を盛り上げ、仲間を増やしたい。
生姜の6次産業化に込めた元デザイナーの想い

手塚美砂子さん/株式会社SOIL
農園所在地:山梨県南アルプス市
就農年数:4年目(2021年就農)
生産:生姜→ジンジャーシロップとして加工

収穫した生姜でジンジャーシロップを製造販売。
メディアから注目が集まり、人気商品に

果樹栽培が盛んな山梨県南アルプス市で、時折実家の果樹園を手伝いながらも生姜の露地栽培に精を出すのは、就農4年目となる手塚さんだ。畑で収穫される生姜は、全てジンジャーシロップに加工されるという。

“アルコールに引けをとらない「夜のジンジャエール」”というコンセプトで、手塚さんが生姜の生産から加工、販売までを担う「SOIL(ソイル)」のジンジャーシロップ。多数のテレビ・雑誌・新聞などに取り上げられ、大手リゾートホテルやレストラン、カフェ、ライフスタイルショップなどの他、ECサイトでも販売されているこのシロップは、毎年2月から出荷が始まり、秋までには約4000本が売り切れる人気商品だ。

 「最初はワイナリーを目指してワイン作りを勉強していたのですが、私はお酒の飲めない体質で、ワインの評価がわからなかったんです。それならば、一番好きなジンジャエールを作りたいと試行錯誤を重ね、大人向けのノンアルコールシロップとして誕生したのが『SOIL』のジンジャーシロップです」

手塚さんは南アルプス市で3代続く「手塚果樹園」の三姉妹の長女として生まれ、豊かな自然を遊び場にして育った。しかし、農家を継ぐつもりはなく、東京の美術大学に進学。デザイナーとなり、結婚後はご主人とデザイン会社を立ち上げ、第一線で活躍していたという。転機が訪れたのは、妊娠・出産を経て2児の母になり、働き方にセーブがかかるようになった頃だった。

「働く女性が一人で家事も育児も抱えてしまうことの難しさを感じたことが、地元に戻る一番大きなきっかけでした。働きたい気持ちがあっても、子どもが体調を崩せば仕事ができず、最前線にはいられなくなる。もっと仕事がしたい、という気持ちがあふれてきて、両親のサポートが得られる環境で暮らすことを選びました」

地域おこし協力隊としてたくさんの農家に出会い
最新のさまざまな農業スタイルを知る

地元に戻ることを決めた手塚さんの頭には、常に「手塚果樹園」のことがひっかかっていた。

「今は父も元気に働いていますが、いつかは体が思うように動かくなくなる日がくるかもしれません。その時に、農業のことを何も知らない状態で父の果樹園を受け継ぐのはとても怖いなと考えていました。かといって誰かにお願いすることも考えられなくて。であれば、デザインの仕事はもう止めて、地元で自分が農業を学ぼうと思い始めたんです」

就農を意識した手塚さんは、まずは東京にある「移住支援センター」へ行き、南アルプス市の農業の状況を把握。さらにその後、複数の農業家の方にも会って話を聞くうちに、地域おこし協力隊なら広い視野で地域や農業に関わることができる上、毎月収入も得られると知った。そして、そこに魅力を感じ、地域おこし協力隊としてUターンすることを決意した。

2018年、実家から車で5分ほどの場所に新居を構え、地域おこし協力隊としての農業研修がスタート。父に農業を学ぶのではなく、あえて別の農家で研修を受けたのは、広い視点で農業や地域について学び、たくさんの人と接点を持ちたかったからだ。2年半の研修期間のうち最初の1年間は、これまでのデスクワークと違う、暑さや寒さへの対応にも苦戦した。教わった仕事をとにかくこなし、「農業を体で覚えていく毎日」だったという。

そんな研修中でも、気になったことがあれば、地域おこし協力隊の立場を活かしていろいろな農家の方にどんどん会いに行っていたという手塚さん。

「農業はただ生産するだけではなく、加工業や商業とも繋がっていることがわかってきました。かつて農産物の販路は農協が主流でしたが、今では直販やオンラインなど選択肢も多い。働き方にしても夏に農作業をして、冬は海外で過ごされているという農家の方もいて。いろいろなスタイルを知り、農業の新たな魅力に気づきました」

やがて研修2年目に入ると、独立に向けて模索する日々が続く。事業計画まで立てたワイナリーを断念し、次に思いついたのは大好きなジンジャエール作りだった。とはいえ、それまで果樹の栽培を学んできた手塚さんにとって、生姜の栽培は未知の分野。周りにも生姜を作っている農家がいない中、研修先の近くに畑を借りて、鍬一本で土を耕し、ネットなどで種を購入。野菜農家のアドバイスを参考に育ててみたところ、なんとか生姜が収穫できたという。

「研修先がジャムやソースの加工をしていたので、加工技術は学んでいたし、元々デザインの仕事をしていたこともあって当初から加工品を作るつもりでした。翌年はもう少し畑を大きくすれば生姜の収穫量も増やせるはず。そう考えて、生産・加工・販売までを含めた農業スタイルで起業する! と決断しました」

クオリティにこだわる6次産業化戦略。
独自の立ち位置と特産品の新たな活用法がカギ

ジンジャーシロップの商品化に向けて、まず手塚さんが取り組んだのは商品コンセプトを固めることだ。お酒が飲めない人もお酒の席で楽しめる、夜の大人のアイテム、というイメージから“アルコールに引けをとらない「夜のジンジャエール」”をコンセプトに決定。シロップのレシピやラベルデザインは、コンセプトに基づいて専門家に依頼し、高いクオリティで完成させた。生姜に数種類のスパイスやラム酒、山梨県特産の桃などがブレンドされた大人っぽい味と、人目を引く洗練されたデザインは、雑誌などでギフトに推薦されるほどの仕上がりだ。

さらに、手塚さんは消費者が「どんな場所で、誰が作っているか」という商品のストーリーに敏感であることを重視。作り手である自分の美容や話し方、姿勢なども講座を受講して勉強したという。

「会社名である『SOIL』は『土』という意味。おいしいものを土から作る農業という仕事の楽しさを、自分の言葉で伝えたいなと思い、自分の見せ方も勉強しました。それによって商品のイメージがさらに良くなり、手に取ってくれる人が増えるとうれしいです」

こうして手塚さんのこだわりが詰まったジンジャーシロップが完成。2021年に株式会社SOILを設立し、2022年より出荷をスタートさせた。やがて、県内のテレビや新聞、ラジオなどで紹介され、注文が入る形で取扱店が増えていったという。テレビ取材やインスタグラムなどの口コミでも認知度は広がり、今や全国へ出荷している。

「メディアに取材されたポイントは、この地域において、果実ではない分野での農業と加工(6次産業化)の両方に取り組んでいることが珍しかったからだと思います。また、桃など地域特産物を取り入れたことも重要で、特産品の新しい使い方が注目されたのではないでしょうか」

順調に商品化が進む一方で、生姜の栽培は一筋縄にはいかなかった。特に困ったのが、生産技術を教えてくれる人が周りにはいなかったこと。そのため、生姜農家の方を探し出し、コツコツと情報を集めていった。地域おこし協力隊の勉強会で生姜が特産の高知県の方と知り合い、生姜農家の方との縁を繋いでもらったこともある。

「高知へ短期研修に行き、いろいろなタイプの生姜農家の方に見学させてもらいました。そこで土や畑の作り方、台風の対策を学び、溜め込んでいた細かな疑問もしっかり解消。何かあれば今もメールで相談に乗ってもらっていて、心強い関係が続いています」

なんとか栽培方法がわかってくると、次に畑の問題が出てきた。生姜は連作ができないので、毎年畑を探す必要があったのだ。初めて遊休農地を借りた一昨年は、土づくりがうまくいかず、収量が少なかったという。

「草を刈って耕せば何とか生姜ができると思っていたら全然できなくて。泣きたい気持ちで畑仕事をしていました。そこから土づくりを学び直し、2年単位で借りた農地には今ライ麦を植えて根を張らせ、来年にはふかふかの土が生姜を育てられるように仕込んでいます」

土づくりを学んで挑んだ昨年は生姜の収量が倍増したため、今年のジンジャーシロップの出荷量も増える見込みだ。

「農業はやる度に改良点が見えてきます。1年に少しずつしか上達できないのですが、改良しながら一歩一歩、理想に近づいていく面白さはありますね。それに、食に関わっているという喜びが常に感じられ、畑で土を触っていると心が穏やかになるんですよ。あたりまえですが、温度管理などができない露地栽培は暑さも寒さも自然まかせ。体力的に厳しく、植物の生長を調整することもできなくて大変ですが、だからこそのやりがいは感じます。収穫の喜びはもちろんですが、自分が美味しいと思えるものを作り、食べた人の感想もらえるのは本当にうれしいですね。生産も、加工も、販売も全てを取り入れたこの農業のスタイルは、私にとても合っていると感じています」

仲間のネットワークを広げ、高め合える関係に。
農業を楽しく発信し、地域を盛り上げていきたい

現在、手塚さんは実家の敷地内に清涼飲料水の加工場を建設中だ。祖父が80年前に建てたお蔵を改装し、1階は加工施設、2階は事務所に生まれ変わるという。改装や新たな加工機械の購入費用は、6次産業化に関する国の補助金を活用。これまでにも、南アルプス市が新製品を作るために出している補助金や、地域おこし協力隊を卒業して起業するときに受け取れる資金を元に、加工用の冷蔵庫や畑を耕す機械などを購入してきた。

「農業の起業はお金がかかるので、国や市町村のサポートは助かります。今は一人で会社をしていますが、改装によって事務所ができるので、人を増やして会社を大きくしたいですね。一昨年に事業計画を作り直すと、どのくらい人件費を払っていけるかという見通しが立ちました。今まで“人を雇うのはもったいない”と思い込んで、1人でがんばろうとしがちだったのですが、昨年は繁忙期にアルバイトを雇ったら、作業効率が上がり収量もアップしたんです。何ごとも思い込みだけで進めるのはよくないですね。使える人件費も見えてきたことですし、今後は出荷なども人に任せていき、私はその時間を畑での作業や営業に注力していく予定です」

最後に手塚さんが今後一番やりたいことを尋ねると、「地域農業を盛り上げていくことだ」という答えが返ってきた。

「若い農業仲間を増やし、まちを盛り上げていくことが、この地域の課題だと思っていて。農業を楽しむ方法を私自身が実践して、多くの人に興味を持ってもらいたい。一緒にがんばる農業仲間が増えるといいなと思っています」

同世代の農業仲間は一人もしくは夫婦で取り組んでいる人が多く、情報不足や孤独感などの問題を抱えていることが多い。実は手塚さんは今も「やまなし農業女子」という団体の副代表を務め、ECサイトや農薬についての勉強会やお茶会を開き、ネットワーク作りを促している。自身も生姜の土づくりで悩んだ時には野菜農家のメンバーからアドバイスを受けて助けてもらった。

「今後さらに地域の農業仲間のネットワークを広げていき、それぞれがより高みを目指して農業を楽しめるのが理想です。また、その楽しさをお互いに発信して、地域農業を盛り上げていきたいですね」

就農を考えている人へのメッセージ

とにかくいろいろな人に話を聞きに行くことがおすすめです。農業には想像以上に多様なスタイルがあります。例えば、観光農園で接客をする、見事な葡萄を作る研究をする……など。植物の特性や販路などの情報を聞いておくと、自分に合う植物や働き方と出会いやすくなりますよ。