2025.12.12

富良野の大地で育むミニトマト
半農半スキーで二足のわらじ

松鶴愛さん/松鶴ファーム
農園所在地:北海道南富良野町
就農年数:11年目 2015年就農
生産:ミニトマト

スキーがきっかけで北海道に移住

北海道のほぼ中央に位置し、豊かな自然が広がる南富良野町。この地で2015年から農園を営む松鶴愛さん・健作さん夫妻は、ミニトマトを中心に、グリーンアスパラガスやスナップエンドウなどの野菜を栽培している。冬の間は、夫の健作さんがスキーインストラクターとして働き、二足のわらじを履く。関西出身の二人が北海道で農業を始めた理由とは?

「北海道に来たのは、スキーがしたかったからなんです(笑)」

そう笑顔で語る妻の愛さんは大阪府の出身。ウィンタースポーツが好きで、1996年に隣町の占冠村にあるスキーリゾートを運営する会社に就職。冬はスキーパトロール、夏はネイチャーガイドとして働いていた。同じ職場で兵庫県出身の健作さんと出会い、2006年に結婚。その後、独立して、2009年に二人でアウトドアの会社を起業した。

「夏はラフティング、冬はスキーインストラクターの仕事をしていましたが、10月と11月は閑散期。その時期に毎年、町内のジャガイモ農家の仕事を手伝っていて、そこで農業に興味を持ち、新規就農を考えました」

農地も住まいも。第三者継承が開いた就農への道

南富良野町役場に就農の相談に行くと、離農予定の農家を紹介され、農地とハウス、農機具を譲ってもらえることに。おまけに畑に隣接する住宅まで付いた好条件。しかし、二人とも農業に関する知識はなく、一から勉強が必要だと考えた。また、就農準備資金の給付を受けるためには、農業研修を受けるのが条件だったこともあり、健作さんは富良野緑峰高校農業特別専攻科に入学。町から学費の助成を受けながら2年間学び、農業の知識を身に付けた。さらに、北海道立農業大学校の短期研修も受け、トラクターの扱い方なども修得。3年間の就農準備期間は学校で研修を受けながら、移譲元の農家からも実践を通して野菜づくりを学んだ。

「栽培作物にミニトマトを選んだのは、JAふらのが新規就農者にミニトマトの栽培を推奨していたからです。すでに販路が確立されていて、生産者部会での横のつながりもある。そして、富良野の昼夜の寒暖差を生かした『おいしいトマトを作りたい』という思いもありました」

就農1年目、研修時には見えていなかった作業も

JAふらのでは、慣行基準よりも農薬や化学肥料の使用を減らした特別栽培農産物を推進しており、松鶴ファームでも環境負荷の少ない農業を志向している。就農当初の販売先はJAがメインで、近くの直売所にも野菜を出荷。農業のスキルは先輩農家や同じ部会の人に教わりながら身に付けていった。最初は行動と結果が結びつかずに失敗することも。経験を重ねていくにつれて予測ができるようになり、工夫の余地が増えたという。また、農業を始めてみて、いままで見えていなかった作業がたくさんあることに気づいたとも。

「農作物の管理以外に、敷地内の除草やハウスのメンテナンス。それに加えて、ここは雪国なので除雪や雪下ろしも。農業は地域活動とも密接で、電気柵の点検や農道の管理などもあります。これらは研修の時には見えていなかった部分ですね」

また、農業と子育ての両立も苦労したという。松鶴さん夫妻には現在4人の子どもがいるが、就農時点で2人の子を育てていた。愛さんは当時をこう振り返る。

「あの頃は、子育てと農業の同時進行で毎日が必死でした。そんな日々を乗り越えられたのは、地域のみなさんによくしてもらったからです。家の隣に農地があるので、土日は子どもたちを連れて一緒に作業していました。シーズン中は家族で出かけるのは難しいですが、一緒にいる時間をつくれるのは農業の良いところだと感じています」

野菜定期便「松ボックス」に思いを込めて

夫婦の役割分担は、愛さんが取引先とのやり取りや、経理やホームページ管理などの事務を担当。健作さんは生産がメインで、農園の管理作業は二人で行う。現在の出荷先は、JAが7割で、残りの3割は直販や飲食店。オンライン直売、ふるさと納税、地元の保育所での定期販売など、少しずつ販路を増やしていった。直販では「一番おいしい状態で届けたい」との思いで、収穫のタイミングを見極めて出荷している。さらに、旬の野菜を詰め合わせた野菜定期便「松ボックス」も開始。4月から10月まで毎月新鮮な野菜を全国に届けている。

「私たちの思いに共感してくれる方に野菜を届けたい。そんな思いで、野菜定期便には手紙を同封しています。現在の注文は25件ほどですが、リピーターが多く、今後はそうしたお客さんを増やしていきたいです。野菜を購入したお客さんがメッセージをくれたり、SNSにうちの野菜を使った料理の写真をアップしてくれたり。お客さんの『おいしい!』の声が励みになっています」

農地面積自体は広げていないが、敷地内に他の農家から譲り受けたハウスを自ら補修して移設。ハウス3棟と小ハウス2棟を加えて収穫量がアップ。また、直販の割合が増えたことで利益率も向上した。さらに、野菜ソムリエによる品評会「野菜ソムリエサミット」の青果物部門で、2023年と2024年にそれぞれの品種で金賞を受賞するなど、品質面でも高い評価を得ている。

半農半スキー、多角経営で暮らしを安定

「就農時は補助金のおかげでなんとかなりましたが、農業経営だけで生活するのは厳しかったですね。農業でやっていけると自信を持てたのは、就農5年目くらいにハウスを増設してから。出荷先があって、収穫量が上がれば確実に収入になる。だから直販にもチャレンジできるんです」

寒さの厳しい富良野では、野菜を収穫できるのは10月まで。冬の間の収入源はスキー教室の運営によるものだ。インストラクターの仕事はコストがかからないメリットもあり、多角経営で生活の安定につながっている。
冷涼な気候の富良野でも夏場は暑くなってきていて、病害虫被害のリスクを感じていると話す愛さん。また、資材のコストも上がっているが、価格転嫁にはためらいがある。

「売上を増やすための農業の大規模化は考えていません。今の暮らし維持するために、自分たちのできることを工夫しながら作物の付加価値を膨らませて、直販の割合を増やしていきたいです」  

冬の仕事に付随して、民泊施設を作るのが二人の将来の夢。スキーレッスンでの宿泊や夏の富良野観光の拠点として施設を稼働させ、農業以外の収入源を増やしたいという。新規就農から10年。現実と向き合いながらも、自分たちらしい暮らしと農業のかたちを築いている、松鶴ファームのこれからの展開が楽しみだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「農業経営を始める上で、売り先が確実にあることは、精神的な安心材料になります。また、農業は自分たちだけで完結する仕事ではなく、地域の方々や仲間との連携が不可欠です。だからこそ、周りに助けてくれる人がいることも、経営を続けていく上で大事になります。
就農する地域を選ぶ際は、『どんな暮らしをしたいか』『どんな農業をしたいか』といった、自分のビジョンを明確にすることが大切です。それによって、最適な地域や作物も変わってきます。
そして何よりも、夢と現実のバランスを取りながら、長く続けていくことができる形を見つけるのがベストです。特に夫婦で農業をするのであれば、向いている方向や価値観が一致していることが重要です」