2026.03.13

酒米の常識を超えて
備前・酒米農家三代目の「雄町」への挑戦

岡本 邦宏さん/株式会社岡本農産
農園所在地:岡山県南区藤田
就農年数:17年
生産:酒米「雄町」「山田錦」、もち麦「キラリモチ」、食べる酒米など

三代続く酒米「雄町」農家の跡取りとして、酒米づくりを継承

酒米の最高級品種として全国の酒蔵から愛される「雄町(おまち)」。100年以上前に発見され、品種改良されていない原種の「雄町」は、同じく有名な酒米「山田錦」や「五百万石」のルーツでもある。米粒の中心にある心白(しんぱく)と呼ばれる白く不透明な部分が大きく、米の糖化が良いという特徴がある「雄町」だが、その背丈は150cmにもなり倒れやすく、病気になりやすいなど栽培が難しい。

岡本邦宏さんは、岡山市南区藤田で三代にわたり「雄町」を育ててきた酒米農家だ。祖父の代から続く農業を継ぎ、「雄町」のほか「山田錦」、もち麦「キラリモチ」、ビール大麦「サチホゴールデン」などを二毛作で栽培している。経営面積は水稲が約60ha、麦類が約70haと広大であるため、法人化を行い、従業員も雇用。岡本さんが代表取締役として、妻、弟夫婦、そして外部から雇用したスタッフ3人とともに、手間を惜しまない米・麦づくりを続けている。

 幼い頃から祖父に「いずれは農家を継いでほしい」と言われて育っていた岡本さんだが、家族ぐるみの付き合いがあった農機具メーカーの所長に勧められ、一度は同社に就職した。約10年間、農機具の修理や販売に携わっていたが、父の病気をきっかけに農家を継ぐことを決意。サラリーマン時代の経験は今の農業経営に活きていると言い、機械トラブル対応はもちろん、営業を通じて身についたコミュニケーション力は、近隣農家との関係づくりに役立っている。

 父の経験と自分たちの間に、現れた壁

農家になると決めて前職を辞めた岡本さんだが、待っていたのは、父の経験と自分の間に立ちはだかる壁だった。

「父の言う通りにやっても、『なんでそんなに時間がかかるんだ』と言われるばかりで、うまくいかない。弟と一緒に必死で取り組みましたが、時間がかかる割に効果が出ず、本当に大変な思いをしました。最初の1、2年は見様見真似で父の手法で作業を行いましたが、父の勘や感覚に頼るやり方を引き継ぐのは難しく、効率の悪さが解消できませんでした」

その結果、岡本さんたちは試行錯誤しながら、少しずつ自分たちのやり方を見つけていった。

 たとえば、これまでは「トラクターに肥料を入れる機器を取り付け、耕運をしながら肥料を撒く」やり方だったが、岡本さんは肥料の散布装置(ブロードキャスター)を導入し、「幅広く肥料を散布してから、その後、耕運だけを行う」方法へと切り替えた。

「もちろん、父や周りの先輩農家のアドバイスは今でも大切にしています。守るところは守り、変えるところは変えていく。それが大切だと思うんです」と語る岡本さん。現在は、従業員が自分で作業の内容を確認できるよう、作業工程の文書化やデータ化も進め、次世代につながる農業にも目を向けている。

「食べる酒米・雄町」への挑戦

事業が拡大するなかで、岡本さんが特に苦心してきたのが、年々増加する生産量に対する販路の確保だ。高齢化する周囲の農家から「農地を引き継いでほしい」と頼まれることが増えたが、販売先がなければ生産しても意味がない。そこで、岡本さんは会社員時代に培ったコミュニケーション力を活かして営業活動にも力を注ぐ。

「酒米の生産量には取引先の需要量に応じて決まるため、さらなる拡大を目指すには新たな需要を見つけてくる必要があります。現在は農協への出荷を中心に、商社を通じて卸業者から酒蔵へと『雄町』を届けていますが、生産量が増えれば、新規需要の開拓は必要不可欠です」

そんななかで、2年ほど前から独自に取り組み始めたのが、「食べる雄町」への挑戦だ。

粒が大きな「雄町」は評価が高いが、粒が少し小さいものは中間米となり価格が大きく下がる。
「中間米は粒が欠けているわけでもなく品質には問題がないのに、一等米の『雄町』として出荷できません。ここ数年は特にその量が多く、この価値をなんとかして上げられないかと考えていました」と岡本さんは話す。

そこで着目したのが、“食用としての「雄町」”だ。近所の高齢者でさえ、「食べたことがない」という酒米だが、岡本さんはこれに挑戦することを決めた。きっかけは、東京で見かけた酒米「雄町」や「山田錦」のおむすび販売だった。「そう安くはない値段なのに、すぐに販売終了になるほどの人気で驚きました」と岡本さん。話題性もあり、挑戦する価値を感じたという。

 さっそく炊いてみると、「雄町」は昔ながらのあっさりとした食感で、ご飯のお供との相性が良いことが分かった。

しかし、食べやすくするためには、粒の大きさを検討したり、未熟米の除去を行うなどのひと手間が必要だった。

「試行錯誤して何度も調整や試食を繰り返しました。年によって粒のサイズはマチマチなので、まだまだ手探りですが学びも多く、面白いですね」と岡本さんは語る。

こうしてできあがった「食べる雄町」の販売は、直接販売と通販サイトから始まった。当初は動きが鈍く不安もあったが、売れ始めると注文が一気に増え、2年目以降はほぼ完売。「雄町」を愛する日本酒愛好家に響いたことに加え、米価高騰で“やや高級”だった価格がむしろ手頃に感じられるようになったことも追い風となったという。「これまで消費者の方と話す機会はなかったので、通販サイトの口コミや感想は励みになっています」と岡本さんは笑顔を見せる。

 酒蔵とタッグを組み、挑戦に乗り出した「雄町」の有機栽培

実は岡本さんは「食べる雄町」に先駆けて、2000年頃に「雄町」の有機栽培にも踏み出している。酒蔵からの要望に手を挙げ、藤田地区の3法人とともにこの新たな挑戦を始めたという。

「有機JASの認証を取得するには、無農薬であることに加え、規格に合った肥料を使うこと、申請した圃場で栽培することなどが求められます。除草剤が使えないため、草が生えれば手で抜くしかないのですが、1年目は草が大量に生えてしまい本当につらかった。全部の草を抜くことはできず、悔しい思いをしながら稲刈りをしたのを覚えています」と岡本さんは振り返る。

移行期間を含めると取り組み始めて5〜6年。認証取得からは4年が経ち、試行錯誤を重ねながら、ようやく安定した栽培ができるようになってきたという。

新しいステージで挑戦し続ける三代目酒米農家

就農して17年。父の時代に20haだった農地は、周囲からの引継ぎ依頼を受けて、当初の目標を大きく超える規模になった。栽培面積が増えた分、作業量も増加し、人材不足や設備投資などの課題も出てくる。それに対しては、スマート農業(栽培管理システムや、ドローンや自動操舵トラクター、ロボット田植機など)の積極的な導入を行い、省力化に力を注いでいる。

「スマート農業を導入したことで、経験の浅いスタッフでも効率よく作業が行えるため助かっています」と岡本さん。

設備投資には、スマート農業関連の助成金や肥料高騰対策支援制度など、公的なサポートを積極的に活用。また、農機具の整備経験を活かし、より効率よく作業がこなせるよう農機具の改良なども独自に行っている。しかし、増え続ける農地、度重なる農機具の価格高騰など悩ましい問題は山積だ。

それでも「ステップアップするたびに、違うステージで奮闘することに面白さを感じています」と岡本さんは前を向く。

稲刈りなどの繁忙期には、アルバイトやパートの人たちの手助けも欠かせない。「農作業は体を使うのでしんどいものです。でも、どう楽しんでもらうかが大事なんです」と語り、それぞれの得意を活かし合い、感謝し合える関係性や雰囲気づくりを心掛けているという。その姿勢が、毎年繁忙期に戻ってくるスタッフの存在につながっているのだろう。

これまでも、農地拡大や法人化、有機栽培、酒米の食用化への挑戦と、ステージが上がるたびに新しい課題が現れた。その一つひとつ向き合い、乗り越えてきた岡本さんの歩みは、備前の酒米づくりの未来を明るく照らしている。

 農業をはじめる人へメッセージ

岡本さんより
高齢化により農業を辞める人が増え、耕作放棄地は農業従事者たちの大きな課題となっています。現存の農家だけで、これを抱え続けるのには限界があり、新たな力は間違いなく求められています。だからこそ、ぜひ興味がある方は農業に挑戦してみてください。
とはいえまだまだ新規就農には難しさもあり、「誰もが入りやすい農業」にはなっていないもの事実です。まずはそんな状況を打破するために、新規就農者を応援できる環境づくりに貢献したいですね。農業法人で就農に必要な実践研修を行うことを支援する「雇用就農資金制度」にも興味があるので、これを活用してうちで農業者を育てられればうれしいです。そして、ここで学んだ人が「独立したい」と言ってくれるような会社になっていければと思っています。

岡本さんの妻 しおりさんより
私は、農業とは無縁の環境で育ちました。主人と知り合いこの世界へ入りましたが、自分でも驚くほど楽しい毎日を送っています。トラクターに乗ることも、外で体を動かすことも、四季の移ろいを感じることも、すべてが新鮮。稲の成長を愛おしいと感じるようになりました。
最初から独立して農業を始めるのは、ハードルが高いと感じるかもしれません。まずは農業法人などで働きながら、日々の作業を通して「農業ってこういうものなんだ」と知っていく時間を持つのも一つの方法です。現場で得られる経験や情報、出会いは、きっと次のステップにつながりますよ。