2026.03.16

京丹波の若き農家が挑む“ラディッシュ栽培”
ニッチ戦略でトップシェアを獲得するまで

野村幸司さん/株式会社農都
農園所在地:京都府京丹波町
就農年数:5年目 2021年就農
生産:ラディッシュ、黒枝豆、ホウレンソウなど

京都府下でラディッシュの生産量がトップに

京都府京丹波町は、黒枝豆や丹波栗などの特産品で知られる「食の町」だ。しかし、農家の高齢化と人口減少が進み、地域の農地は年々管理が難しくなっている。そんな中で、わずか数年で京都トップシェアのラディッシュブランドを築き上げた若手農家がいる。「農都」代表の野村幸司さんだ。野村さんは2021年に就農し、2025年には法人化。現在は、14棟のハウスと3.8ヘクタールの露地圃場を舞台に、21名のスタッフとともに「京丹波ラディッシュ」を中心とした農業経営を展開している。

「農業は儲からないと言われますけど、ちゃんとやれば食べていける産業です」
そう語る野村さんの原点には、地域への強い思いがあった。

 地域の衰退を目の当たりにし、手段として選んだ農業

野村さんは京丹波町で生まれ育ち、高校卒業後は大阪の大学へ進学。農産物の流通に携わることで、地域の農業を支えたいという思いから東京の食品卸会社に就職した。しかし流通の仕事に携わる中で、ある現実に気づいたという。

「流通以前に、そもそも生産者が圧倒的に足りておらず、生産地に根深い問題があることを知りました。もともと農業をなりわいにするつもりはなかったのですが、地域を盛り上げるためには自分が生産者になるしかないなと。それで京丹波へ戻ることを決意しました」

2018年にUターン移住。京都で環境に配慮した農産物を扱う流通会社に転職し、バイヤーとして働きながら、休日は祖父の農園で野菜づくりを始めた。祖父から栽培技術を教わりながら、勉強会や動画で知識を吸収し、バイヤーとして見てきた農家の工夫を自分の畑に落とし込んだ。そんな中で出会ったのが、ラディッシュだった。

ラディッシュとの出会い、ニッチ市場に見出した勝機

バイヤーとして働く中で、野村さんが何度も耳にしたのは、「京都産のラディッシュがほしい」という声だった。鮮やかな赤色をしたラディッシュは彩りが良く、生活者向けの野菜の定期便との相性も良い。また、栽培の面においてもラディッシュは軽くて扱いやすく、女性や高齢者でも作業しやすい。そして、限られた面積の農地でも、工夫次第で高収益が見込めることにチャンスを見出した。

野村さんは試験的にラディッシュの栽培を始めたが、最初は失敗の連続だった。うまく育たず、形も揃わない。原因は土づくりにあることに気づいた。祖父と一緒に栽培していたホウレンソウとは違い、ラディッシュは固い土では育たない。そんな時に、他の農家からキノコの廃菌床を使った土づくりの方法を教わった。さっそく近くのしめじ工場から廃菌床をもらい、ハウス内で発酵させてから土にすき込んだ。すると、ふかふかの土壌に変わり、収量が飛躍的に向上したのだ。

「うまくハマった瞬間でした。これならいける、と手応えを感じました」

「農業はそんなに甘くない」。家族からの大反対

ラディッシュ栽培に自信をつけた野村さんは、事業として成り立つ見込みが立ったことで独立を考えた。しかし、就農の意思を祖父母と両親に伝えると、思わぬ大反対を受けた。
「農業はそんなに甘くない」。その厳しい現実を知る家族だからこその反対だった。このまま会社勤めを続けるべきか、農家として独立するべきか。悩んでいた野村さんの背中を押したのは、妻からの一言だった。「地域を盛り上げるために農業で頑張ってたやん。そんな中途半端な気持ちなら私はついていけへん」。その言葉で、野村さんの覚悟が決まった。あらためて祖父母の元へ話しに行くと、二人はすでに野村さんの決意を知っていた。

「僕が知らんところで、妻がばあちゃんを説得してくれていたんです。二人で支え合って農業をやるなら、私たちも全力で応援するからと。そう言って農園を僕たちに託してくれました」

「京丹波ラディッシュ」誕生、ブランドづくりから始まった挑戦

祖父の農園を事業承継し、ハウス5棟から生産をスタートさせた。野村さんが育てるラディッシュは、一般的な品種の3倍ほどの大きさで、食卓の彩りとしてもニーズが高い。ハウス栽培により安定出荷が可能で、冬を中心に11月から翌年6月まで収穫できる。

野村さんは生産だけでなく、ブランドづくりにも力を注いだ。「まずは知ってもらうことが大事」と考え、プレスリリースの配信、SNSでの発信、ロゴ制作、パッケージデザイン、食べ方提案。農家としては異例のマーケティング施策を次々と打ち出した。
さらに、地元の若手農家に声をかけ、3農家で生産グループを結成。2022年には「京丹波ラディッシュ」ブランドを立ち上げ、共同出荷を開始した。これにより、天候不順や病害虫による不作リスクを分散でき、大口取引にも対応可能になった。こうした取り組みが実を結び、販路は拡大。野菜宅配をはじめ、八百屋や市場などからの引き合いが多く、いまでは出荷が追いつかないほどの人気商品となっている。

農都の売上構成は、ラディッシュが全体の6割を占める主力品目となっている。残る4割は、京丹波町の風土に合った黒枝豆や賀茂茄子、伏見甘長とうがらし、瑞穂ほうれん草など、多彩な京野菜が支えている。これらを年間を通して計画的に栽培し、安定した収益基盤を築いている。出荷先は企業向けの卸が7割、生活者への直販が3割。とくに10月の黒枝豆の収穫シーズンには期間限定の直売所を開き、京丹波の旬の味覚を求めて関西一円から多くの人が訪れる人気イベントとなっている。

地域の“農業のハブ”として、未来を耕す

野村さんが目指すのは、地域の“農業のハブ”だ。農都では、担い手のいない農地を預かり、年々栽培面積を拡大。いまでは地域の3分の1の農地を耕すまでになった。農業を通して、地域の再生に貢献できることに野村さんはやりがいを感じている。

 「僕らが預かって開墾した農地の持ち主さんに黒枝豆の収穫を手伝ってもらったんです。その時にかけられた言葉が忘れられません。『わしの代で荒地になると思っとった。引き継いでくれてありがとう』と。思わず胸が熱くなりました」

農都では新規就農者の受け入れや独立支援にも力を入れ、農地の橋渡しを行う仕組みづくりにも取り組んでいる。農業を通じてコミュニティの輪が広がり、京丹波町への移住者も増えているという。野村さんが就農前に思い描いた、「地域を豊かにするための農業」がいま形になりつつある。

「地元の小学校の出前授業で農業の話をする機会がありました。その中にうちの農場で働いているスタッフの子どもがいて、授業の後で手紙をもらったんです。『お母さんが頑張ってることがわかってうれしかった』と。それを読んで、めっちゃありがたいなと。責任は大きいですが、農業を通していろんな人生に関われることに喜びを感じています」

「農業で地域を盛り上げたい」という強い思いから就農し、地域の未来を耕す野村さん。その挑戦は、これから農業を志す人にとって、大きな勇気を与えてくれる。

 新規就農者へのメッセージ

「営農を成り立たせるためには、いくつか欠かせない要素があります。まず大事なのは、つくることに夢中になれる“情熱”です。作物に思い入れがあると、自然とアンテナが立ち、必要な知識もどんどん吸収できます。次に、“適地適作”であるかどうか。どれだけ思い入れがあっても、その土地の土壌や気候、栽培の技術が揃っていなければ、作物をうまく育てることはできません。そしてもう一つが“マーケット”。需要があるのか、どこに売るのか、経営の視点を持つことが欠かせません。さらに言えば、地域との関わりもとても重要です。農業は地域と深く結びついた産業で、いま僕らが農業をできているのは先人たちのおかげです。そのリスペクトと感謝を忘れないことが、地域に根付いて農業を続けていくための土台になります」