2021.07.06

ITの世界から農業へ
トライ&エラーを積み重ねて、おいしい野菜づくりを

片山京子さん/ふるふぁーむ
農園所在地:山梨県南アルプス市
就農年数:4年目

週末の手伝いから、ゆるやかに決意した農業への道

東京でSEとして働いていた片山さんが、山梨県に移住して農業をスタートしてから4年が経つ。女性活躍推進の風潮の中で、前職では責任のある仕事やポジションを任され、会社の期待に応えなくてはと、毎日、気を張り詰めていた。

SEの仕事は好きだったという片山さんが会社を辞めたのは2014年。東日本大震災を経験し、どう生きていくかを深く考えるようになり、改めて自分の人生を選択したいと思ったのだ。
「ゆっくりと将来を組み立てたい」と、フリーランスでITの仕事をしながら、週末は山梨県南アルプス市で果樹園を営む祖父母を手伝う生活をしばらく送った。また、4月から9月の農繁期には2週間ほど山梨で過ごし、2、3日だけ東京に戻るというスタイルに。その中で、片山さんは次第に農業の仕事に惹かれていった。

「当初はSEとして別の企業に転職するのもいいかな、と思っていたんです。でも、週末だけですが山梨で暮らして、果樹に向き合っていると、この場所で農業をやっていくのもいいなと思うようになって。山梨での時間の流れ方や、空気や水、環境などがとても好きだったんですよね」

もともと農業には興味があり、特に果樹への思いが強かった片山さん。祖父母の果樹園でも生産していた南アルプス市産のスモモの美味しさが、都心の友人達にまで広がっていないことへの歯がゆさもあった。

「南アルプス市はスモモの生産量日本一なんです。本当に美味しいんですが、東京の友達はそれを全く知らなくて。もっと皆にこのスモモを食べさせたい!という思いもあって、農業に関わり始めました。」

同じくIT業界で働いていたご主人も片山さんが農業を手伝う姿を見て、ハードな仕事で子どもと接する時間が少ない都会の生活より、山梨で作物を育て、家族との時間を大切にしながら生きていくのもいいのかもしれない、と感じ始めていた。そして、ある日「農業をやろうか」とご主人から片山さんに提案。もちろん片山さんもそれに賛同し、これをきっかけに夫婦の気持ちが固まった。

「週末や農繁期に山梨に通って農業に触れていたからこそ、ゆっくりと心が決まり、とても自然な流れで移住と就農を選びました」

しかし、祖父母が農業に取り組む様を間近でみていた実母は、「そんなに甘い仕事じゃない」と片山さんたちの就農に否定的だった。

「祖父母の苦労を知っているからこそ、無謀な挑戦に見えたんだと思います。でも、どんな仕事に挑戦するにしても最初はゼロからスタートですし、私にはこれまでの経験を農業にも生かすことができるという思いがあったんですよ」

前職で培った作業効率を上げるという視点や、トライ&エラーで成果を出していくという仕事の進め方など、農業の仕事でも、自分のスキルが生かせる部分があると片山さんは考えていたのだ。

まずはキュウリとトウモロコシの栽培をスタート!

移住後、本格的に農業をスタートすると、以前は手伝ったことのなかった土作りや日々の管理などを新たに経験し、とにかく毎日が楽しかった。
週末足しげく通っていたこともあり、近隣農家の人たちは「せっかく東京で仕事があったのに、もったいない」と言いつつも、片山夫婦を笑顔で温かく迎え入れてくれた。
また、祖父母を通じて農協のスタッフとも知り合い、農地確保や経営計画の策定などを相談できる関係性になっていたことも心強かった。

「地域の農協に相談しつつ、夫婦で経営計画を立てました。その中で1年で1回しか収穫することのできない果樹ではなく、比較的初心者でも安定した収量が確保しやすい野菜を栽培することに。キュウリやトウモロコシは年に2回の作付けができますし、植え直しもできます。特にキュウリは指定地域になっていることもあり、先輩農家さんが周囲にたくさんいるし、安定的な経営という視点において、安心して手掛けられると考えました。いつかはスモモも!という思いは残しつつ、ベストな選択だったと思います」

最初の年は、なかなか品質のよいものを作ることができず、試行錯誤したという。その際に手を差し伸べてくれたのが、近所の先輩農家や農協の指導員たちだった。

「近隣農家の方たちが、よく様子を見に来てくれましたね。こんなことしてちゃダメだよ、こうした方がいいなどたくさんアドバイスをもらって。私達も言われたことは、どんどんやってみるようにしていました」

自らもインターネットなどで情報を集め、こんな手法があるらしいと農協の指導員に相談を持ち掛けることもあったという。「やれることは何でも試してみよう」その気持ちが伝わったのか、周囲の人たちが丁寧に指導をしてくれた。

そのかいあって4年目となった現在は、安定的に出荷をし、ほぼ計画どおりの農業経営を実現。経営目標を達成するために、データ収集と分析にも力を注いでいる。収穫までの管理はもちろん、収穫時には品質によって収量を調整したり、収穫時期を調整するなど、自らの匙加減でバランスをとっていくのだ。

「品質や価格の問題で売上目標が未達となりそうなときは、キュウリにもう少しだけがんばってもらって、収量を増やします。あとちょっとがんばってねとお願すると、がんばってくれるんですよ(笑)」

そう言って笑う片山さんは、日々、農業の仕事に喜びを感じている。IT時代と同じように、農業でも成果物を作り出しているが、その成果物が食べ物として人の手に渡っていくという点が前職とは大きく違う。

「食は、人が生きる上で欠かせない要素。インフラを作っているんだということに大きな喜びがあります。農作物の成長には、水、太陽、土、肥料、温度など様々な要素が絡み合っていて、ITの世界よりも複雑です。でも、しっかりと手をかけた分だけ反応してくれる。そのことが何より嬉しいですね」

社会とつながり、発信する。新たな挑戦へ

植物や自然と向き合うには、「日常が一番大切だ」と片山さんは語る。
だからこそ、毎日真摯に植物と向き合っているが、一方で、社会に目を向け、周囲とつながる機会も持つようになった。その一つが、「やまなし農業女子プロジェクト」だ。(農林水産省運営の農業女子プロジェクトのスピンオフ版)

2019年に参加した女性農業者研修が結成のきっかけだというこの会は、「もっと自分たちから山梨の魅力を発信したり、活動の場を作っていきたい」という思いから誕生した。デザイナーやパティシエ、営業、フリーアナウンサーなど豊かな経験を持つ仲間が集まると、どんどんアイデアが出てくるのだという。

「活動としてはマルシェやイベントなどを行ったり、定例会では悩みを共有し、アドバイスをしあったりしています。個々の農家がつながることで、ノウハウや情報の共有ができ、同期、同僚が周囲にたくさんいるような心強さがありますね」

先日は「オンラインさくらんぼ狩りツアー」を実施。会の代表を務める片山さんは、日々の業務とプロジェクト活動で大忙しだ。いつも新たなことに挑戦する片山さんを、周囲の人たちは “やれし(甲州弁:やってみれば?の意味)” と面白がってくれている。

「そんな風に応援してくれる地域の皆さんの魅力も、野菜や果物の美味しさも、どんどん発信していきたいです」

そう意気込む片山さんは、今年から念願の果樹も育て始めた。植えたのは、スモモとブドウ。自然の中で、小学校と保育園に通う2人の子ども達との時間を楽しみつつ、野菜や果樹にも愛情を注ぐ毎日だ。
果樹が成長し、実をつけてくれるまで約4年。子ども達の成長とともに、この樹の成長もとても楽しみにしているという。

「農業はまだまだスタートしたばかりなので、新しいことづくし。楽しいことばかりです」という片山さん。
きっと彼女はこれからも様々なことに挑戦し、失敗から多くを学びながら、南アルプス市のおいしい野菜や果物を各地に届けていくのだろう。
自分で選んだ人生だからこその喜びが、ますますその活躍の場を広げてくれそうだ。

就農を考えている人へ

目指す農家のスタイルや手掛けたい作物があるなら、それを軸にたくさんの場所を見学し体験してみるといいと思います。農業も1つの職業なので、自分自身に合う合わないがあるはず。それを知るためにもまずは飛び込んでみてほしいですね。外から見ているのと、実際にやってみるのは全く違うので、ぜひ、地域に入り込んで、この仕事の楽しさを味わってみてください。