2021.12.21

子育てと両立できる“農業スタイル”の開拓へ
トマトのプロデュースで、未経験の壁を越えていく

三浦綾佳さん/株式会社ドロップ
農園所在地:茨城県水戸市
就農年数:7年目
生産:フルーツトマト

自身のプロデュース力を活かせる商品を作りたい!
妊娠を機に、広告業から農業へ転換

「美容トマト」の名で知られるフルーツトマトを生産するドロップファームは、茨城県水戸市にある。農場を経営するのは株式会社ドロップ(以下、ドロップ)。2013年に設立した同社は、2015年、代表である三浦綾佳さんの妊娠をきっかけに全くの未経験だった農業へと踏み出した。その理由について三浦さんは「これまで培ってきたプロデュース力と販売力を活かせる仕事だと思ったから」と語っている。

実はもともとドロップは、広告代理店だったという。学生時代から社会人時代にかけて、インポート水着や太陽光発電などさまざまなものを販売してきた三浦さん。商品をプロデュースし、販売ルートに乗せる手腕には自信があった。「ものを売る楽しさが身にしみついているんです」そう語る彼女は、仕事を通じて出会った夫、浩さんと結婚。その翌年2013年に広告事業をメイン業務とする株式会社ドロップを立ち上げたのだ。

開業当時、広告代理店としての仕事の中で、農業のIoT化などに触れることもあったという。しかし、まさか自分が農業をやり始めるとは思ってもみなかった。

そんな三浦さんに転機が訪れたのは、自身の妊娠がきっかけだった。クライアントから修正指示があると、昼夜問わず作業することも少なくない広告代理店の仕事に、「子育てしながら続けられる仕事なのだろうか?」と不安が募っていったのだ。

「出産を前に夫婦で話し合い、思い切って事業の転換をしようと決めたんです。選択肢の一つとして挙がったのが農業。デジタル技術の導入でくらしをより良く進化させるというDX(デジタルトランスフォーメーション)の波の中で、農業は新たな局面を迎えようとしていました。そこに可能性を感じ、新しいスタイルで農業に携わることができれば、育児と両立しつつ、質の高いものを生産することができるのではと思ったんです。さらにその販売においては、プロデュース力など、これまで培ったスキルを十分に生かすことができるはず。そう考えて就農を決めました」

そんな時、ちょうどテレビで目にしたのが甘味の強いフルーツトマトだ。比較的、未経験でも甘いトマトを実らせることができるということに魅力を感じ、栽培に挑戦してみたいという気持ちが高まったという。

当時、ドロップが事務所を構えていたのは東京の恵比寿。駅からほど近い場所にあった百貨店に、仕事柄よく通っていたという三浦さん。食品売り場を通るたびに、「いつかここ置いてもらえる商品を作ってみせる」と強く思うようになっていったという。

フィルム農法によるトマト栽培を決意したものの、
新規就農への道は、とにかく険しかった

就農について本格的に情報収集を始めた三浦さん夫婦が選んだのは「アイメック®」というフィルム農法でのフルーツトマトづくりだった。この農法では、ハイドロゲルでできた薄いフィルムの上に苗を植えて育てるため、土づくりに何年もかかる土耕と比べると、各段に効率の良い生産が可能になる。さらにフィルムに水が取り込まれ流れ出ることがないため、水の使用量が通常の10分の1に。またウイルスや細菌も通さず病気になりにくいため、農薬の使用量も少なくて済むという。

「出産して1ヶ月経ったころ、夫婦でまずアイメック®のメーカーにアポイントを取り、話を聞きに行きました。未経験でどこまでできるのか、具体的な生産方法や技術習得にかかる時間などをそこで教えてもらったんです。農業を始めるには時間がかかる。早く行動しなければ、と焦る気持ちもありました」

メーカーで話を聞くうちに、「私たちにもできる!」と、手ごたえを感じたという三浦さん。農地探しをスタートすると、運よく夫の親戚から茨城県水戸市の土地を貸してもらえることになった。就農地が決まったところで、さっそく茨城県の就農支援窓口に問い合わせ、当時住んでいた東京で開催されていた新・農業人フェアに足を運んだ。この時すでに、栽培計画や資金繰りについても丁寧に盛り込んだ「美容トマト」の企画書も持参していたという。しかし、思うような結果は得られなかった。

「そんな小さい子を連れて農業を始めるの? という反応でしたね。(苦笑) 思いが通じず悔しかったので、その後は農林水産省や県、市に働きかけ、なんとか支援してくれるようアプローチをしていきました」

そこからも、決して順調満帆だったわけではない。新規就農する際に提出する営農計画書に、何度も指摘が入り、そのたびに書き直した。当時はまだアイメック®を使ったフィルム農法が世の中に浸透しておらず実績データが少なかったことも、三浦さんたちの大きな壁となっていたという。

2015年、ついに三浦さん夫妻は農地のある水戸市に住居を移す。それまでにやり遂げたことといえば、計画書の作成、農地に電気や水道を引く工事の手配、そしてアイメック®を採用する農家での約1年にわたる農業研修。さらに、「生産を始めてからでは絶対に間に合わない」と販売計画や販路開拓にも着手していたという。乳児を抱えながら目の回るような忙しさで、「このころのことは、よく覚えてないんです。(笑)」と三浦さんは当時を振り返った。

初年度の収穫量は想定の3分の1。
それでも、諦めなかったトマトづくり

移住して初めての夏に、いよいよフィルム農法でのトマトづくりがスタートした。「この土地ならではのことは、地元に農家さんに聞かなければわからない」と、最初から近所の農家や県の農業指導員とのコミュニケーションを積極的にとっていた三浦さん。常に「大丈夫?」と気にかけ、温かいアドバイスをくれる周辺農家の存在は、とても心強かったという。

満を持して始めたフルーツトマト生産。フルスピードで駆け抜けた1年目だったが、結果は厳しいものだった。収穫量は想定の3分の1程度。トマトの甘さは十分だったが、生産することに精いっぱいで営業にかける時間も取れず、ほとんどを仲卸に出す状態になってしまったのだ。

「売り上げは2000万円と想定していましたが、実際は1400万円ほど。後からわかったんですが、水分不足で十分な生産量が出せなかったんです。これにも素人すぎて気が付くことができず……。仲卸では自社ブランドの強みは活かせません。栽培も営業も中途半端。これではダメだと、1年目の後半にフィルム農法の経験者を採用することにしたんです」

これがきっかけとなり、ドロップの経営は一気に上向きになった。経験のあるスタッフと栽培分野を分担することで、販路開拓に駆け回る時間ができ、2年目の開始時点で既に仲卸率0%を達成。収穫量はまだまだ少なかったが、少しずつ販売できる場所が増え、甘いフルーツトマトは営業先でも着実に人気を獲得していった。そして2年目にして、念願の百貨店にも「美容トマト」を置いてもらえることができたのだ。

「恵比寿の百貨店での販売は、マルシェで出会ったバイヤーさんに働きかけて実現できたこと。最初は12パックからのスタートで、もちろん、私自身が売り場に立ち、試食販売をさせていただきました」

その後も三浦さんは独自のプロデュース力と販売力で農業事業を順調に拡大。12パックからスタートした百貨店での販売も、現在は銀座、日本橋と拠点を増やし、それぞれの店舗で1ヶ月に100kg以上を売り上げているという。
人材も積極的に採用し、働きやすい職場、残業ゼロなどを実現したことで、子育て中の女性たちが多くパート勤務してくれるように。そして今現在、従業員は社員10名、パート10名にまでなった。さらに就農時には2500㎡だった農地も4年目には5000㎡に拡大。7年目となる2021年は、ついに1haまでになっている。

「店舗販売においては、パッケージはもちろん、売り場づくりからポップ制作まで手掛け、接客販売に力を入れきました。しかしコロナ禍で接客販売が中止に……。そこで自社工場に糖度センサーを導入し、糖度保証によって価値を見える化。ブランド力を強化することで販売促進を図りました」

糖度センサー機器の導入しは約1900万円がかかったというが、「スタッフ皆で大切に作ったトマトをきちんと選別し、それぞれに適した場所で販売していきたい」という思いから、導入に迷いはなかったという。時代に合わせて柔軟に対応する力、これもまた三浦さんの強みなのだ。

農業の可能性を信じて
関わる人みんなを笑顔にしたい  

今後はどんなことを手掛けていきたいかと聞くと、三浦さんの口からは次から次へと多岐にわたる企画案が語られた。
2021年現在、すでに動き出しているのはトマトのジュース工場の新設。この場所で来年から規格外のトマトを使ったジュースづくりが本格始動するのだという。少量からの生産が可能で、近隣の農家からの依頼も受け入れる予定。それぞれの農家が自らのブランドとしてジュースを販売することができるようにしてきたいと三浦さんは言う。さらに来年2月には、農場横に直売所も完成する。24時間販売可能な自動販売機も設置予定だ。

「農業には可能性がありすぎて、10年後の自分が思い描けないんです。やりたいことも目標もどんどん広がっていきます。とりあえずの次の目標はカフェを作ること、観光トマト農園についても前向きに進めています。近隣の森3haを購入したので、地域の子どもの遊び場やドッグランを作るなど活用方法に夢が膨らみますね。」

就農から7年間の間に、借入金は2億円以上に膨らんでいるというが、「多少のプレッシャーがある方が、逆に楽しい」と三浦さんは笑う。

そんな三浦さんのぶれない目標は「会社や私と関わってくれる人を、笑顔にしたい」ということ。お客様が笑顔になるトマトを提供し、バイヤーに満足してもらい、働いてくれる人たちにも幸せになってほしい。その思いで、ここまで前進を続けてきた。

「農業という仕事は、良いものを作り、その価値にふさわしい場所と価格で売るということだと考えています。シンプルだけれど、それを組み立てるのが難しい。自分で作ったものプロデュースすることができるこの仕事が、今は面白くて仕方がないですね」

常にアクセルを踏み続けている三浦さん。ドロップが生み出す甘いトマトと、彼女のプロデュース力が引き起こすこれからの展開に今後も期待したい。