人と人を結び、心のふるさとをつくりたい。
コメ農家の夫婦が目指す「人」と「地域」と「農園」の相互補助的な関係

関谷啓太郎さん・早紀さん
農園所在地:千葉県いすみ市

三重から千葉に移住。
「何か面白いことが起きるんじゃないか」と直感した

千葉県いすみ市大野にある「結農園」は、千葉県八街市出身の関谷啓太郎さんと、東京都世田谷区出身の関谷早紀さんが夫婦で営むコメ農場だ。

ふたりの出会いは10数年前。当時、東京の大学で園芸を学んでいた早紀さんが、三重県にあるコメの農業法人にインターンに行ったことがきっかけだった。

「花と野菜は学校で学んだけれど、お米は経験がなかった。だから軽い気持ちで、興味本位でコメ農園を選んだんです。実は、当時は三重県がどこにあるのかも知らなくて。東京育ちであまり旅行もしたことがなかったから、旅行気分でしたね」

そうして受け入れてくれた農園で社員として働いていたのが、のちに夫となる啓太郎さん。社員のほとんどが4~50代以上の中、唯一年齢が近かった啓太郎さんは、早紀さんの良き話し相手になってくれたという。「彼がいたから、3週間のインターンシップを乗り越えられたと思います」と早紀さんは当時を懐かしむ。

一方、啓太郎さんの方も、東京から来たインターンの大学生に好感を持った。

「やっぱり周りがおじいちゃんおばあちゃんばかりで、あとは年上の社員しかいなかったので、そこに若い子が来たら、はりきっちゃいますよね」

その後、早紀さんは東京に戻り、千葉の農場に就職。しばらくは自然農法で野菜を育てたりお弁当のケータリング販売などを行ったりしていたが、東日本大震災が起きたことをきっかけに三重に転居し、インターン先の農業法人に就職することになった。そうして数年間をともに過ごしたあと、ふたりの故郷に近い千葉県で独立することにした。

移住先をいすみ市にしたのは、移住者が多く集まるまちだったからだ。

「いろいろ調べているうちに、いすみ市でマルシェがあることを知って行ってみたんです。そうしたら、下調べ段階で会ってみたいなと思っていた人たちと、ほとんど会えてしまって。賑わってましたね。やりたいことをやりに来ている人が多いまちだから、何か面白いことが起きるんじゃないか。そんな予感を得て、いすみ市に決めました」

いすみ市のなかでも大野にしたのは、偶然この土地を通り過ぎた時、以前住んでいた三重県に雰囲気が似ていると感じたからだという。

「直感でここがいいなと感じて、飛び込みました」

出会いとタイミングに感謝して、
昔ながらの日本の「結」を目指したい

しかし、関谷夫妻にとっていすみ市大野はまったく知らない土地であり、知り合いもほとんどいない。どこで情報を集めればいいかもわからなかった。考えた末、ふたりは市役所に行って相談することに。すると、いすみ市大野に住む千葉県園芸協会農地中間管理機構の人間を紹介してもらうことができた。この人物が関谷夫妻にとってのキーパーソンになった。

「その方も、大野で田んぼを借りる人を探していたんです。そんなタイミングで僕らが来たから、ちょうどいい、ぜひこのの田んぼを使って下さい、という話になって。ついでに空き家まで探して下さったんです。おかげさまでここで田んぼができるようになりました」

良いタイミングで、良い出会いがあった。つまりは運が良かったということだ。「ご縁を感じます」とふたりは言う。

農業を新規ではじめる際、コメは難易度が高いとよく言われる。その大きな理由は、野菜と違って広い面積を必要とするためであり、しかもその土地が見つかりにくいことにある。関谷夫妻の場合、最初の土地を貸してくれる人が見つかっただけでなく、そこが拡大の見込みも立てやすいエリアであることも幸運だった。

「周りの農家さんは70歳過ぎの人たちばかりなんです。あと数年でみんなやめてしまうし、後継がいない。だから『自分たちが引退したらうちの田んぼもやってほしい』という話がすでにたくさん来ていて。地域の方々には本当にお世話になっていますし、なるだけ応えていきたいと思っています」

はじめる土地と、ある程度拡大させるための土地を探すというハードルが幸運にも簡単にクリアできてしまうと、軽トラや農機なども周囲の農家さんたちから安く譲り受けることができ、初期費用はかなり抑えられた。

そうして結農園をスタートさせたのが2016年。当初は、啓太郎さんは他の農家に研修に行きながら、早紀さんは介護のアルバイトをしながらの掛け持ちで、田んぼの広さは8反歩。それが今や専業になり、田んぼは3町歩になった。最終的には20町歩ある地域全体を担っていくのだという。

ちなみに、8反歩は80アール、3町歩は3ヘクタールで、20町歩=20ヘクタール になると、東京ドームを4つ合わせたよりも広い。ここまで行くとふたりで管理するのは難しいので、その時のために少しずつ仲間を増やすつもりだという。だからさしあたっての課題は、今後に向けた設備投資と人材の採用だ。

とはいえ、際限なく拡大するのではなく、あくまでも目の届く範囲で広げるのが関谷夫妻の目標。結農園は、拡大よりもむしろ、お客さんとの関係性に重きを置いている。

「なんでも効率化した機械作業にしたくないんです」と早紀さんは語る。「1人ひとりのお客さんにサービスを行き届かせたい。お客さんと農家が家族みたいに繋がっている農園にしたいんです。『結農園』という名前も、そんな想いから付けました。都会と農村、人と人を結びつけ、相互補助の関係を築く。昔ながらの日本の『結』を目指したい。みんなの中にふるさとを作りたいんです」

農家の魅力は「何者にでもなれること」。
デザイナーにも、イラストレーターにも、漫画家にも?

だから、ただコメを売るだけではなく、自分たちの想いが伝わるような工夫を随所に散りばめている。たとえば、米袋には早紀さんが手書きでイラストを描く。手元に届いた時に喜んでもらえるように始めたというが、すべての米袋に異なる絵を描いているというから驚きだ。「同じ絵を描いて効率化すると飽きてしまうし、感謝の気持ちが伝わらないから」だという。

また、結農園での出来事をまとめた「結農園新聞」を同封し、関谷夫妻の人となりを知ってもらえるようにしたり、体験農園などのイベントも開催したりするなど、積極的にお客さんとの接点を設けている。近年は農家がInstagramやFacebookなどのSNSを活用することがそれほど珍しくなくなってきているが、結農園は自作の漫画までウェブに掲載しており、ふたりの出会いや、独立して農園を始めるに至った経緯、ふたりのキャラクターなどを面白く読むことができる。

「コメはどこにでも売っているし、産地として千葉が有名なわけでもない。そういうなかでどう自分たちが生き残っていくかを考えると、『関谷さんのところのコメだから買いたい』と思っていただけるような、自分たち自身を価値として発信していけるようになることが大事だと思っているんです。そういうところに反応してくれたお客さんと、末長くお付き合いさせてもらえたら」

今のところ販路の2/3が直販で、主に口コミやイベント、移住者同士のネットワークなどを通してお客さんを獲得しているという。こうした施策に加えて、和菓子づくりや野菜づくり、狩猟なども行い、事業の柱を複数用意。リスクを分散させているように見えるが、むしろ、このようにさまざまな仕事を経験できるのが百姓のあり方であり、農家の魅力ではないかと早紀さんは語る。

「農家になって良かったのは、やりようによっては何者にでもなれるということ。昔はデザイナーにもなりたかったんです。今、農家になって、米袋にイラストを書いたり新聞を作ったりして、その夢は叶いました。やりたいことをなんでも仕事にできるから、これ以上楽しい仕事はありません」

啓太郎さんも、今の仕事が楽しくて、仕事とプライベートの境目がなくなっているという。「9月の収穫を終えると、心にぽっかり穴が空いてしまう」と言うほど、毎日が充実している。

農業をはじめるなら、若い方がいい。
「今がチャンス」だと言える理由

独立して5年が経ち、結農園は次の段階に差し掛かっている。今後は認定農業者となり、スーパーL資金※などの借り入れを利用して農地を拡大し、新たな仲間を増やして地域の担い手問題にも取り組んでいく予定だ。「農業は若いうちにやる方がいい」と早紀さんは言う。
※日本政策金融公庫が取り扱っている認定農業者向け融資  

「若ければ若いほど、周りのおじいちゃんおばあちゃんたちは協力してくれると思うんです。実際に私たちはここに来て、すごくかわいがってもらっています。いま70代の方々が現役のうちにはじめた方がいい。みなさんが引退してからだと、助けてくれる人がいなくなってしまう。ある意味、今はチャンスなんだと思います。それに、買う側だって、若い人が農業をやっていたら応援したくなるじゃないですか。身体だって若くないと動かないし」

場所選び、タイミング、地域との関係性など、新規就農を成功させるためにはいくつかの要因が重なる必要がある。結農園が計画通りの成長曲線を描いているのは、それらの要因を満たした上に、ふたりがずぶの素人ではなく、ある程度の経験を経た農業人だったことも大きいだろう。特に啓太郎さんには10年間のコメづくり経験がある。

「農業法人にいた時は、たくさん失敗もしました。大事な機械を壊してしまったり……。そういった経験のおかげで今続けられている実感があるので、やはり、準備の段階で失敗できることは大事だと思います」

また、地域とのつながりの大切さも強く感じている。

「機械を譲ってもらったり、田んぼを貸してもらったり、そういうのは、地域が味方になってくれないとできません。これから農業をはじめる人は、いきなり自分だけではじめるのではなく、地域に入って、誰かに教わりながらやるのがいいと思います。技術を習得しながら地域とのつながりもつくる、それを同時並行でやるんですね」

その「誰か」はどのように見つけたらいいのか? たとえば結農園のように、これから地域の担い手問題に取り組もうとする若手の農家を探すのもいいだろうし、彼らがそうしたように、後継を探している農家の多い地域に飛び込むのもいいだろう。

ひとつだけ言えるのは、新規就農をサポートしたい農家や自治体は数多くあるということ。そこに飛び込んで成功したひとつの例として、関谷夫妻が運営する結農園の現在と未来は、参考にしやすいロールモデルになるだろう。