2022.03.18

酪農で地域の暮らしをより豊かに。
持続可能な社会、教育にも貢献できる牧場経営の魅力とは

青沼 光さん/clover farm代表
牧場所在地:富山県高岡市
就農年数(牧場経営年数):13年目 (7年目)
飼養頭数:搾乳牛45頭、育成牛45頭

 

中学時代に憧れを抱いた酪農業。
現実は甘くはないが、魅力あふれる仕事だった

富山県高岡市で酪農牧場を営む青沼光(あきら)さん。経営する「clover farm(クローバーファーム)」では、約9000㎡の土地に90頭の乳牛を放牧で飼養している。「牛舎から牛を出すと、土の上で飛んだり跳ねたりするんです。牛が牛らしくいられること。それが放牧のよさですね」と目を細める青沼さん。この風景こそ、青沼さんが酪農家を志すようになった原点だ。

広島県に生まれた青沼さんは、両親ともに会社員の共働き家庭に育った。農業とは全く縁のない生活だったが、中学2年の時にテレビで北海道の牛の放牧風景を見たことをきっかけに、酪農への興味を抱くように。「牛を眺めて世話をしていれば生活できるなんて、なんていい仕事なんだ!」と、高校は農業高校の畜産科を選んだ。

しかし、入学直後から、肉体労働の厳しさに直面。テレビのイメージとの違いを実感し、最初の一年は挫折を繰り返したという。とはいえ、知識を深めていくうちに、酪農の魅力にふれ、その面白みを実感するようにもなった。

「酪農はそんなに甘い職業ではありませんでした(笑)。でも、酪農について学ぶうちに、例えば余った食料を牛が消費し、牛乳を作り、牛の糞などの堆肥で土壌が豊かになり、また新しい食料が育つ、など酪農は環境に優しい産業だと気づきました。持続可能な社会に貢献し、さらに食育など子供の教育にも役立つことができる。やっぱり酪農って面白いなと思いましたね。だからこそ、この魅力を、もっと広く社会に伝えられる経営者になりたいと考えるようになったんです」

牧場経営者になりたい。熱意と裏腹に
環境に慣れず働き方を模索した、研修時代

酪農家になるためにももっと深い学びをと、青沼さんは地元を離れ、新潟大学農学部に入学。ここで青沼さんは牧場経営の要である繁殖を学びつつ、最短で経営者になれる道を模索した。通常ルートは、研修先での研修を経て土地を探し、牛舎を建てて酪農家になるというもの。しかしこのルートはあまりに膨大な資金が必要だ。そこで青沼さんが選んだのは、後継ぎを募集する牧場に就職し、経営者になる方法だった。

大学2年時、後継者を募集中の牧場を見つけた。場所は長野。1週間のインターンを実施後、ぜひ就職をという話になり、在学中は長期休みの度にその牧場へ通った。そして、卒業後は後継者候補としてその牧場に就職した。

ところが、この牧場での生活は2年で終わりを迎える。新潟から単身移住して牧場に住み込み、朝6時から夜9時まで仕事に打ち込んだが、周りと生活リズムが合わず、友人の一人もできなかった。また、思い描いた経営ビジョンもすぐには実現できず、心が折れてしまったのだという。

「いい牧場でしたが、悩みを相談したり、気持ちを発散させたりする環境が作れなかったのは辛かったですね。牧場主さんともうまく意思疎通がはかれなかったりして、酪農家になる自信もなくなってしまったんです」

そして青沼さんは牧場を退職。今後の進路を白紙に戻して、長野県から受け取っていた就農関連の補助金も全額返金した。

そんな青沼さんに手を差し伸べてくれたのは大学時代の友人だった。友人が働く富山県の牧場で、研修生として一緒に働かないかと提案され、青沼さんは再挑戦することを決意。さらに働き始めて早々に牛舎長が辞めてしまい、経験者である青沼さんが、研修生でありながら経営面を一任されることになった。

「一時は、他の仕事に就こうかと考えたりもしたんです。でも全然ピンとこなくて。やっぱり酪農がしたかったんですよね。牛舎を任されるようになって、自分のやってみたかったことや、酪農の技術なども試すことができ、失っていた自信を少しずつ取り戻すことができました」

研修先から独立。牧場主となって実現した、
理想の放牧とのびのびとした子育て

富山の牧場で4年間を過ごし、その間に同僚だった奥様と結婚した青沼さん。子どもが生まれた頃から独立を考えるようになり、県の窓口や酪農家仲間に相談して、県内の土地探し始めた。やがて、酪農家のネットワークで引退する高齢の酪農家に出会い、第三者継承という形で牧場を買い取ることに成功。2015年、いよいよ青沼さんの牧場経営がスタートした。目指したのは、100年先も続く牧場経営。当初から目標にしていた放牧スタイルの酪農だ。

「放牧すると、牛が日光を浴びながら運動できるので、代謝が上がり、足腰も鍛えられます。だから、病気や事故など健康上のトラブルが少ないんですよ。牛の動きを見ているのは楽しいし、牛を見守る人の表情がすごく優しくなるのも放牧のいいところなんです」

買い取った3反(約3000㎡)の土地と7頭の乳牛、牛舎、住宅をベースに、理想の牧場づくりに取り組んだ青沼さん。シミュレーション上、生活するためにはある程度の頭数規模が必要だと分かっていたため、1年目から乳牛を50頭まで増やした。牛舎も、牛が自由に歩いたり寝たりできるフリーバーンタイプを自力で建設。その後、牧場での繁殖や購入により、4年目には乳牛が約90頭になった。そして5年目には、さらに6反(約6000㎡)の土地を借りて放牧地を広げ、現在のclover farmになった。したという。資金は、買い取り時に青年等就農資金を3700万円借り入れ、現在も返済中だ。

8歳~4歳の三兄弟の父親となった青沼さんは、「仕事」と「生活」が隣接した酪農家の暮らしや子育て環境は、思い描いていた理想そのものだという。

「まず通勤時間がないのがいいですね(笑)。門を開けたらもう牛舎があって、対人ストレスは本当に少ないです。子ども達もいつでも大声を出せるし、走り回れるし、のびのびと成長しています。学校から帰ればいつでも親に会える、いつも家族が近くにいる環境は、子どもにとっても安心感があるみたいですね」

また、青沼家にとっては、牛たちもまた大切な運命共同体だ。
「養っているし、養ってもらっている。ともに生活する大家族という感覚ですね。乳牛たちこそが、困難を乗り越えるための最大の原動力でもあります」
だからこそ青沼さんは、牧場の理念に「HAPPY DAIRY COWS」を掲げ、100年先も酪農が続くように考え取り組んできた。

地域の経済・エコ・教育への貢献。
酪農の価値をもっと地域に伝えていきたい

牧場の経営は、収入面の計算がとてもしやすい仕組みになっていると、青沼さんは言う。酪農業界のシステムでは、牛乳を搾ったら指定団体が集荷に来て、全量買い取りが確約されている。一方で支出面にはリスクがあり、乳牛や餌の価格は状況によって上下する。最近は、以前から輸入していたエサが輸入船の停滞や天候の影響等により不作で価格が高騰、量も不足しているのだと悩ましい現状を語ってくれた。

しかし青沼さんはこの危機を見据え、以前から周辺の農家と協力して自給飼料づくりができないかを模索し始めていた。牧場経営をスタートして7年目の今、青沼さんが特に力を入れているのが、この「地域との連携」なのだ。来年頃には、周辺の農家の方に乳牛の餌となる米や牧草を作ってもらい、牧場で買い上げる“耕畜連携”のシステムをスタート。牧場からも、水田の土を豊かにする畜産堆肥を提供する予定になっているという。

こういった取り組みには、エサ不足のリスク軽減はもちろん、「酪農業は地域へ貢献できる」ということを社会に示すことにもなる。

「これまで海外に支払っていた多額のエサ代を、周辺地域に支払えるなら、地域経済にとっては大きなメリットになります。その他にも酪農だからできる地域貢献にはどんどん着手していきたいですね」

すでに取り組んでいるのは、“エコフィード”として、野菜のカット工場や酒造工場から野菜の端材や酒粕を買い取り、乳牛の餌に活用することだ。これにより、業者がお金を払って処分していた地域企業の産廃を収入に転換、さらに、生ものの焼却処分量を減らすことでCO2排出量削減にも貢献しているという。また、“農商工連携”への取り組みとしては、牛乳を地元の加工所に卸して、ジェラートやソフトクリームにしてもらうなど、地域の特産品づくりにも貢献している。

さらにもう一つ、青沼さんが力を注ぐのが、“酪農教育ファーム活動”だ。実はclover farmは、酪農を通じて食や仕事、命の学びを支援する「酪農教育ファームの認証」を取得している。いずれは地元の小中学生や観光客も受け入れ、酪農のありのままの姿を伝え酪農業や牛のことを理解してもらいたい、と青沼さんは夢を膨らませた。

このような地域貢献や理解醸成活動に、青沼さんが積極的に取り組む理由の一つは、clover farmが都市近郊型牧場だということにもある。どうしても匂いなどが出てしまう酪農が、迷惑産業として嫌がられず、地域の方の理解と協力を得ていくことは、経営上、必要不可欠なのだ。

「酪農をうまく活用すると、地域にメリットがたくさんあることが伝われば、乳牛たちが地域から必要とされる存在になることができる。それが乳牛の幸せにつながる。そのためにも、社会や地域へ恩返しができる酪農をしていきたいと思います」

さらに今後は、後継者の育成にも力を注いでいきたいと青沼さんは語った。すでに研修生や従業員の受け入れを始めているというclover farm。牧場経営のノウハウを指導しつつ、独立への最大の壁である準備資金についても支援できるスタイルを作れないかと考案中だ。

「今、富山県でも酪農家が減少し続けていています。牛乳の生産量は、県内の需要に対して50%程度。せめて学校給食には、地域で搾った新鮮な牛乳を供給してあげたいですね。そのためにも、積極的に研修生を受け入れたり、地域での独立がしやすい環境を整えたりしていきたいと思っています」

地域と子どもたちの未来のために、牧場主を育て、地域の酪農業を絶やさない仕組みを作りたいと、奮闘する青沼さん。
その言葉に、酪農家としての強い意志と、酪農業への誇りを感じた。
酪農で明るい未来をつくる。青沼さんの新たな可能性を探す挑戦は、まだまだ続いていく。

就農を考えている人へのメッセージ

酪農に興味が出てきたら、まずは牧場に入って、酪農家の仕事を体験してみてください。牧場では1日1日が濃いので、たった1週間でも、酪農の魅力や厳しさをしっかり味わえます。また、早く牧場を持とうと無理はしないこと。自信がつくまでじっくり研修に取り組み、技術の習得と資金の準備をすることをおすすめします。就農支援の手厚い地域もあり、牧場を持てば牛乳を買い取ってもらえるシステムもある。職業としては安定しているし、酪農の魅力もたくさんあって、私はもう来世も酪農家かな、と考えています(笑)。ぜひ、一緒に酪農を盛り上げましょう。

 

・Weekend 就農ミーティング講演の様子↓↓