2023.06.02

理想の暮らしを求めて南国に移住。
インゲンと熱帯果樹を夫婦で栽培

仲 究さん
農園所在地:鹿児島県南大隅町
就農年数:5年目 2019年就農
生産:インゲン、パイナップル、アボカド

日本本土最南端の町、鹿児島県南大隅町。町内にはリュウガンやレイシなどの熱帯植物が生え、佐多岬からは眼下にコバルトブルーの大海原が広がる。町内で農園を営む仲究さんは、2019年に東京から家族で移住。夫婦でインゲンと南国果樹を栽培している。仲さんは京都府の出身で、前職は警察官。「南国で農業」とは縁が遠いようだが、なぜ鹿児島県で農業を始めたのか?

人生の転機は、小笠原諸島への転勤

東京都で警察官として働いていた際、転勤で小笠原諸島の父島に赴任した。家族とともに1年半の島暮らし。豊かな自然とゆっくりと流れる時間。東京とはまるで違う環境での生活に視野が広がった。当時、小学生だった娘さんの島での生き生きとした表情を見て、子育て環境にも地方が良いと思った。

東京に戻ってからも地方移住への思いはつのるばかり。都内での移住イベントに参加し、ふと立ち寄ったのが南大隅町のブースだった。役場職員から農業プランの説明を受け、「これだ」と思った。どの農産物をどのくらいの面積で栽培すれば生計を立てていけるのか、具体的な話にイメージがわいてきた。それまで農業については一つの選択肢としては考えていたが、話を聞いて移住後の生活の道筋が付いた気がした。

その3カ月後に、家族で南大隅町を訪問。移住を決意し、さらに何度か町に足を運ぶ中で、農地や特産物の加工所を見学して回った。その間に住まいが見つかり、2019年8月に移住がかなった。移住イベントに参加してから、約1年半後のことだった。農業の初心者にとって、就農だけでも大きなハードルのように感じられるが、移住を伴う場合はなおさらだろう。仕事も環境も大きく変わることに不安はなかったのか?

「移住前は不安でいっぱいでしたよ。なにしろ何も地縁がないところで、農作業も初めてですから。それでも『ここに住みたい』という気持ちがありましたし、夫婦でがんばればなんとかなるだろうと(笑)。うまくいかなかったときのために、当面の蓄えがあったことも大きかったと思います。順調にいっている他の移住者の農家も、やはりある程度の貯金がある方が多い気がします」

植物はごまかしがきかない、そこが面白い

移住と同時に就農し、一次産業の新規就業者を対象とする町の支援制度を利用した。1年目は毎月の給付を受けながら、研修としていくつかの先輩農家の元で農作業を手伝い技術を学んだ。栽培品目は決めたものの、なかなか好条件の農地やビニールハウスが見つからず、ようやく借りられたのは就農して約1年後のことだった。

仲さんは収穫時期が異なる複数の農産物を組み合わせて栽培している。それは収穫作業の負担を分散するため、また年間を通して安定した収入を得るための工夫でもある。主力品目はインゲン。7.5アールの農地でハウス栽培している。収穫時期は1月から5月初旬と長く、安定した収入につながる。

別の場所にある圃場では、パイナップルとアボカドを栽培。ハウスで育てるパイナップルは5月から9月、露地栽培のアボカドは10月から3月に収穫する。しかし、熱帯果樹は苗を植えてから収穫できるようになるまで数年かかる。先に植えたパイナップルはすでに収穫して販売しているが、アボカドが取れるようになるのは、まだ先という。

農業の厳しさを覚悟して就農した仲さんだが、身に染みて感じることもある。南国なだけに暑さは厳しく、炎天下の農作業は過酷だ。刈ったそばからまた生えてくる雑草も、除草が追い付かない。一番忙しいのは、インゲンの収穫時期のピーク。たくさん生るさやを一つ一つ手作業で取るから時間がかかる。朝5時前に起きて畑に出かけ、夜はヘッドライトを付けて作業を続ける。農産物は自然の産物。人間のペースには合わせてくれない。インゲンが終わると間もなく、こんどはパイナップルの収穫が始まる。

「農繁期と農閑期があって、作業量は時期によって違います。夏のパイナップルの収穫はインゲンほど時間がかからないので、比較的涼しい午前中に作業して、暑い日中は長く休憩を取るようにしています。農業の面白いところは、植物にごまかしがきかないこと。作業をサボれば後になって結果として出てしまう。そうすると反省して(笑)。逆にきちんとやって、うまくいったときはうれしいです。でも、がんばってもダメな時もある。たとえば、今年は約10年ぶりに雪が降りました。気候はコントロールできません。それでも色々考えて工夫して、うまく収穫できるようにする。そこも農業の面白さですね」

農業のやりがいについて、仲さんはこう続ける。

「自分で作ったものは、びっくりするくらいおいしい。初めて南大隅町を訪れた時にパイナップルのおいしさに感動したのですが、試行錯誤してその味を再現できた時の喜びは言い表せません。人におすそ分けした時に喜んでもらえるのもうれしいですね」と日に焼けた顔をほころばせる。

人の厚意には素直に甘える

主な販路は、JAへの出荷。パイナップルは地元の直売所にも出荷している。販売時の工夫として、品種ごとの特徴や食べ方の説明を書いたタグを付けている。そこにはおいしく食べてほしいと願う生産者の思いも込められている。仲さんの作るパイナップルは完熟した状態で収穫するため、購入してすぐが一番の食べ頃だ。

就農4年目以降は町からの給付を受けていないが、インゲンとパイナップルの販売で、なんとか暮らせているという。パイナップルの生産が安定して、アボカドが収穫できるようになれば、売上も上がる見込みだ。今年から試験的にジャガイモも作り始めた。

「『こんな農業をしたい』と農法ありきで就農する人もいますが、私たちは素直に先輩農家の言う通りにやっています。彼らも同じことを繰り返しているのではなく、新しいことを取り入れながら日々改善しているのです。その知識と経験の蓄積を教えてもらえるのはありがたいことです」

仲さんは初期費用を抑えるため、中古のビニールハウスを使用している。役場職員の伝で、他で使わなくなった資材を安く譲り受けたものだ。組み立て作業も周りの農家に手伝ってもらった。耕作用のトラクターは助成金を利用して購入したが、他の農業機械は研修でお世話になった農家から借りている。時には作業自体をお願いすることもあるという。

「役場の技術指導員や先輩農家におんぶに抱っこです。みなさんからの支援がなければ、こうして農業はできませんでした。指導員の方が農園の様子を見に来てくれるし、先輩農家さんもアドバイスしてくれる。頼ると喜んでもらえるので、厚意には素直に甘えています」

「おんぶに抱っこ」とは言いながらも、他の農家で人手が必要な時は駆け付ける。手伝っている中で新たな気付きもあるという。不安を抱きながら就農した仲さんだが、いまでは地域の人に支えられながら、農業で身を立てている。仲さんの農業への真摯な姿勢に周りの農家も応援したくなるのだろう。

新規就農にリスクは付きもの。不安は誰もが抱くものだろう。大事なのは、いかにリスクに備えるかだ。仲さんは一つ一つ行動に移すことで理想と現実の距離が縮まり、不安を払拭していったように思う。夢を思い描きながらも現実感覚を忘れない。それが新規就農を成功させるカギなのかもしれない。来年か再来年には、いよいよアボカドが収穫できるというから楽しみだ。仲さん夫婦が手塩にかけて育てた果実は、きっと食べる人を笑顔にするだろう。

就農を考えている人へのメッセージ

「農業を始めようと考えている土地に、実際に何度も足を運んで先輩農家から話を聞くとよいと思います。移住を伴う就農であれば、移住者の農家から話を聞くことも参考になります。また研修制度を受けることもおすすめです。いろいろな農家の元で学んで、休憩時間に一緒にお茶を飲むことも大事なコミュニケーションに。そうすることで距離が縮まり、親身になってくれますよ」

 

「After 5 オンライン就農セミナー」にて、仲さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。