2023.07.10

いつか生薬を栽培することを目標に、
まずは、地域に愛される都市型の農家を目指す

金井 雄輝さん
農園所在地:神奈川県藤沢市遠藤地区
就農年数:2年目 2022年就農
生産:露地栽培、慣行農法にて多品種生産。キュウリ、カボチャ、スイカ、ピーマン、ナス、大根、玉ねぎ、里芋、キャベツ、白菜、ブロッコリー、ほうれん草、にんじん、生姜など

継ぐはずだった実家の生薬会社が廃業。
初めて「やりたいこと」を考え、農業にたどり着いた

神奈川県藤沢市。江の島などの観光名所でも知られる海辺の街で、金井雄輝さんは2022年に農業をスタートした。手掛けているのは、キュウリやカボチャを中心とした多品目の季節野菜。露地栽培で育てた野菜たちの多くは自宅前で直販する。

「住宅街の中で農業をしているので、近所の方々がメインのお客様。街の皆さんに喜んでもらえるものを作っています」と語る金井さんは、元々、農家とは全く別の道を進んできた。実家は藤沢市に古くから続いた生薬会社。金井さんも幼い頃から、将来は家業を継ぐようにと言われて育った。大学卒業後は修業のために他の企業で営業職として働き、準備もした。しかし、家業を手伝うようになってまもなく、生薬会社を畳むことが決まってしまった。

「これまで実家を継ぐと思って生きてきたので、突然それが無くなってしまい、どうしよう……と呆然としましたね。何になりたいかなんて考えたことがなくて、このとき初めて “自分はどんな仕事がしたいのか” を考えたんです」

とりあえず働かねば、と地元の遠藤地区の企業に就職した金井さん。「当時は、ただがむしゃらに今できることをやっていた」と振り返る。

そんなとき、金井さんの父が持ってきたのが「カノコソウ」の苗だった。カノコソウは、根が生薬として使用される薬草。家の庭で育ててみたところ、手をかけていないのに、どんどん大きく生長していった。

「最初はそんなに興味もなく、ただ植えてみただけだったんです。でも、健気に毎日育っていく姿を見ていると愛着がわいてきて。なんだか良いな、かわいいなと思うようになりました。そのうち小さな花も咲いて、植物の生長を見守るって楽しいんだなと気がついたんです」

そこから金井さんは、「植物を育ててみたい。いつかカノコソウを生産して、仕事にできないか」と思うようになったと話す。そしてこれをきっかけに、農業へと踏み出すことになったのだ。

手探りでスタートした就農への道。
踏み出してみて感じた、農業を生業にすることの難しさ

「カノコソウを栽培したい」と動き出した金井さんだったが、すぐに叶えられることではないと気づいた。そもそも畑がない。そして栽培する技術もない。

「調べてみると、戦前は藤沢市周辺でもカノコソウの栽培が行われていたようです。でも、カノコソウを栽培したいと市の担当課に相談すると、“得体の知れない植物を栽培されては困る” との返事が。地主さんも難色を示していると言われました。確かに自分の土地ではなじみのある野菜などを育ててほしいですよね。つまり、カノコソウを育てるためには自分の土地を持つしかありません。長い道のりになりそうでしたが、まずは植物、野菜栽培の技術を身に付け、農家として1人で立てるようにならなければと思い至りました」

そこから金井さんは、「かながわ農業アカデミー」に1年間通い、地元農家での農業研修なども受けた。研修先の農家はトマトやピーマンなどを栽培する専業農家。そこで野菜栽培の技術、農作業について一から学んだという。

そして、いよいよ2022年に自宅から約10kmの場所に約10アールの土地を借りて就農。就農までに最も苦労したことはと尋ねると、「土地探し」と金井さんは答える。そもそも都心に近い藤沢市には農地が少ない。あったとしても住宅街の隙間だったり、形が歪だったりすることが多いうえに、新規就農者にすんなりと貸してくれるような貸主は希少だった。

「就農まで約1年、土地を探し続けていましたね。市の農業委員会に相談してもなかなか見つからず、ようやく見つかったのが10アールほどの農地です。就農してからも、農地探しのサイト「全国農地ナビ」や伝手などを使って借りられる土地を探していたので、今では少し増えて、合計すると4~50アールほどの土地を借りられました。でも広い畑はありません。地域も土の質も違う小さな土地を点々と借りているような状態なので、管理はなかなか大変です」

金井さんは、「これは、都市型農業ならではの悩みですね」とこぼす。

「現在は、それぞれの畑が何の栽培に適しているのかを試している最中です。手掛ける作物を絞り過ぎず、食卓でおなじみのキュウリ、ナス、カボチャなど、地域の皆さんが食べたい野菜を多品目栽培。私には、この野菜が作りたい!という明確な思いがなかったので、世の中のニーズと自分が好きな野菜、作っていて楽しい野菜を選んで手掛けるようになりました。今一番面白いのはキュウリですね」

キュウリは収穫期になると猛然と実を太らせる生命力を持つ。また、手をかけた分の成果が分かりやすい点も面白い。さらに金井さんは、収穫したばかりのキュウリをかじったときのみずみずしさに、格別の充実感を得ているという。

「まだ2年目なので、それぞれの野菜をどう栽培していくか、研修先で学んだことや、さまざまな人のアドバイスを参考にしながら試しています。栽培する畑を変えたり、肥料を変えたりしながら、トライアンドエラーで美味しい野菜づくりの最適解を見つけていきたいです」

周辺住民がお客様。お店でのやりとりから、
ニーズを掬い取って、生産に生かす

金井さんは現在、自宅前での直売をメインとしている。それは、同じく直売をしていた研修先での経験があったからだ。

「お客さんと直接話をして、ダイレクトな反応をもらっている姿はとても楽しそうでした。あれが美味しかったよ、今日はあれないの? など、自分も通ってくれるお客さんからの言葉を聞いて、作っていくものも決められたらいいなと感じていました」

購入者のニーズをキャッチして、作物を栽培することはとても大切だと金井さんは言う。以前、出来心で珍しい野菜を栽培してみたが、売れ行きは思わしくなかった。そこからは、「お客さんが欲しいものを作らなければだめだ」と思い直し、旬の野菜、食卓で使いやすい野菜たちをメインに栽培するようになった。

幸いにも、自宅は住宅街の中にあり、駅からもそう遠くない場所。就農後にスタートした自宅直売は、周辺住民から好評だったという。

「地元での就農だったので、近所の皆さんは顔見知りの方も多く、農家になったの?! と驚かれることも。栽培している人を知っているからこそ、買ってみようかな、と思ってくれる人も多かったように感じました。やはり口に入るものなので、野菜の販売、食品の販売には安心感が必要だと改めて感じました」

販路開拓については、地元のネットワークやこれまでの職場で金井さんが築いてきた繋がりが生きた。例えば、前職で取引のあった食品加工会社が野菜を購入してくれることになったり、地域の介護施設などに営業をかけて、提供する食事に野菜を使ってもらったり。知り合いの飲食店に営業に行き、取引がスタートしたこともあった。

「食品加工会社の方には、農地をぜひ見に来てくださいと誘い、実際に栽培環境などを見てもらいました。どんな場所で、誰が、どのように作っているのか知ってもらったうえで判断してほしいと思ったんです」

借りている土地だからこそ、こまめな草取りを行うなど管理面にも丁寧さを欠かさない。「安心して貸してくれるように、安心して食べてもらえるように」。金井さんの言葉には農業者としての誠実さがあった。

いつかは、「カノコソウ」を栽培してみたい。
そのためにも、まずは自信を持って「農家」と名乗れるように

たくさんの野菜を作り販売している金井さんだが、目標はずっと変わっていない。野菜作りを軌道に乗せ、農業で生活できるようになれば農地を購入し、「カノコソウ」を栽培してみたいという。

「5年以内には自分の農地を持ちたいです。そのためにももっと技術を磨き、いい作物を作って、春の大根、夏のキュウリの売上を伸ばしていきたい。自分の農地があれば井戸を掘ったり電気を引いたりすることができるかもしれません。井戸があれば水が自由に使えるし、潅水設備を作ることもできます。また、土づくりにおいても腰を据えてじっくりと取り組むことができるのがいいですね。それを叶えるためにも青年等就農計画書で掲げた、売り上げ700万円を早々に達成したいと考えています」

インタビューの最後に、就農して1年、農業という職種を選んだことに後悔はないか聞いてみた。

「まだ、農家と呼べるほどの実績を残してないので、続けていけるかどうかはこれからのがんばり次第。でも自分で選んだ道ですし、後悔はありません。最初にカノコソウを見て感じた喜びや面白さを毎日感じていますし、やりがいも実感しています。実は就農する前に結婚し、現在1歳になる息子がいるのですが、家族や身近な人たちが、自分が作った野菜を美味しいと言って食べてくれるのは何にも勝る喜びですね」

とはいえ、実は自らが一番力を入れているキュウリに関しては、「息子があまり食べてくれないんです」と苦笑い。甘みのあるカボチャは大好評だったというが、まだまだ1歳の子どもには、キュウリを美味しく食べるのは難しかったようだ。「今年こそは、美味しいと言ってたくさん食べてもらえるようにがんばりたい」と身近な重大ミッションも掲げていた。

「私の父は会社を経営していたので夜遅く帰宅することが多かったんです。そのため、父と夕食をとった記憶はあまりない。でも私は今、毎日家族と一緒に食卓を囲んでいます。自宅の近くで働き、自分でスケジュールを立てて家族との時間も大切にすることができる。これも自営農家の良さですね」

農業のやりがいは、美味しいと言ってもらえること、そして、求められる品質に叶う作物を作り、納品して売上をあげることにあると言う金井さん。「まずは早く農家だと名乗れるようになりたい。そして、自分の野菜を楽しみにしてくれている周辺住民の皆さん、お客さんたちに愛される農家になっていきたい」と目下の目標を語った。

就農を考えている人へのメッセージ

私自身、「農業をやってみたい」と思っても、どこに相談に行けばいいか分からず困りました。そういう方は、まず自治体に相談に行ってみてください。また、地域の農業大学校などに通うことも農業に縁のない就農者にとってメリットがたくさんあります。私が通ってよかったと感じる点は、技術の取得はもちろん、同期のつながりができたこと。励まし合ったり、実家が農家というメンバーにアドバイスなどをもらったり。講師や研修先の師匠など頼れる先輩方とつながりを持てたことも、ありがたかったですね。

私のように都市型農業を目指す方は、農地探しが大変かもしれませんが、10アールに満たない土地でもなんとか農業はできます。住宅街が近く、消費者との距離が近いメリットを生かして、地域密着で、お得意様に愛される農業ができるはず。ぜひ頑張ってください。

 

「After 5 オンライン就農セミナー」にて、金井さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください