2024.03.25

見知らぬ土地へ単身移住。
農業をゼロから学んで
フリルレタス農家として独立

藤永太一さん/Farm Fujinaga
農園所在地:千葉県旭市
就農年数:10年目 2014年就農
生産:フリルレタス

30歳を前に「一生できる仕事は何か」を自問自答

千葉県の北東部に位置する旭市。農業が盛んな地域で、農業産出額は全国6位、県内1位を誇る。旭市とは「縁もゆかりもなかった」と笑う藤永太一さんは、就農のために10年前に移住し、今ではフリルレタスの専門農家として活躍している。借りている農地は約1000坪。生産から出荷まで一人でこなし、月平均約6000個のレタスを出荷するまでに至る。

藤永さんは神奈川県横浜市出身で農業とは無縁の生活を送っていた。16歳から車の修理工場で働き、18歳頃に1年間オーストラリアを車で旅し、帰国後は都内で居酒屋を、地元ではバーを経営していた。だが、30歳手前で転機を迎える。

「24〜28歳まで食生活の乱れた不規則な生活をしていたため、肝臓を悪くしてしまいました。店の経営不振も重なって、この先の生き方や、一生できる仕事は何かを真剣に考えました」

体調を崩したことで意識したのが“食”だ。店で多くの食材を仕入れているのに、その産地や栽培法に関心がなかったことに気づき、農業の盛んな北海道や群馬の農家を巡っては農業体験を繰り返した。そして、次第に一生できる仕事として農業を視野に入れていく。

「農家を回っても経験できるのは農作業で、経営のことまではなかなか聞けません。農業で生計が立てられるのか、人生を賭けられる仕事なのか、もっと踏み込んで知るためにも一度本腰を入れて働こうと思いました」

農業に特化した求人サイトを検索し、目に留まったのが千葉県旭市にある林農場だ。作業者ではなく経営者になり得る人材を募集しており、直感的に「ここだ!」と思ったという。その勘は見事に的中した。面接時で林社長と会話が弾み、その後、1週間の研修の期間中に旭市に移住することを決め、最終日には家を借りていたという。決め手は社長のアクティブな人柄で、農業未経験かつ見知らぬ土地であったにも関わらず、「飛び込んでみよう」と思い切った。

地域で誰も栽培していなかったフリルレタスに着目

その後、藤永さんは林農場で6年間働いた。林社長と従業員のパイプ役のような役割を担い、農場長として現場を仕切るまでになった。その間に結婚し、子どもにも恵まれ、プライベートも一層充実していった。だが、1週間サイクルで平日は決められた時間に出勤するサラリーマンのような生活スタイルに疑問をもつようにもなっていった。

「社長には公私ともに大変お世話になっていましたし、仕事にもやりがいを感じていました。でも、自分の裁量で農業をやってみたいという思いが強くなっていきました。社長に独立の相談をしては思い直して留まることを繰り返し、最終的には、後には引けない環境をつくらないと状況は何一つ変わらないと、半ば強引に行動に出ました」

そして、周囲から心配されながらも300坪の畑付き中古物件を住宅ローンで購入。農業資材や重機を買い揃えるなどして、2020年、独立に舵を切った。だが、肝心の農地はなかなか見つからない。市内に農地はたくさんあり、離農や規模を縮小する農家があっても付き合いの長い農家同士で話がついてしまう。新規就農者の藤永さんまで情報が入って来ず、市役所に相談するものの農地が見つかるまでに1年を要したという。

「林社長が力になってくれて、ビニールハウスを借りることができました。社長がいなかったら、農業を諦めて他の道に進んでいたかもしれません。そう思えるほど土地探しには苦労しました」と振り返る。そして、農地を手にした藤永さんは、まず20種類ほどの野菜を栽培し、土や生育状況、収量や美味しさなどを多角的に分析し、フリルレタスの栽培に的を絞っていった。

「もともと単一栽培を目的に、実験的に多品種栽培をしました。というのも、周りはベテラン農家ばかり。同じような野菜を育てても、独自性を出すことは難しい。作っている農家が少ないこと。普段、消費者の方が使っている野菜から遠くなりすぎないこと。この二つも大事な要素でした。暖かい季節で3カ月、寒い時期でも4カ月で、真夏以外の10〜6月までは毎日出荷できます。旭市産フリルレタスとして、ブランディングや高付加価値の可能性は十分にあると考えました」

都内スーパーなど各所に販路を広げる

自宅から車で15分圏内に3カ所、計1000坪の農地を借りて生産体制を整えた。並行して販路を開拓し、地元の飲食店や道の駅をはじめ、都内の大手スーパーに卸すまでになる。販路開拓で頼ったのが、農業ベンチャーの農業総合研究所だ。産直卸売事業を展開しており、同研究所の登録生産者になったことで販売ルートを確保できたという。

「うちのレタスのファンという方や、うちのレタスなら食べられるというお客様の声が届くと嬉しいですね。土には米糠や魚粉、有機物を入れ微生物が動きやすい環境を心がけています。気に入ってくれた人にコンスタントに届けたいし、野菜が不足しがちな20〜30代の男性にこそ食べてほしい。販路はまだまだ開拓の余地があります」

求めたのは稼ぐより自由。家族との時間を大事にしたい

藤永さんは、ゆくゆくは夫婦二人での営農を計画中だ。実現すれば家族の時間が今よりも増え、朝の子どもたちの登校時間に応じて畑に行く時間を調整するなど、朝の忙しさも軽減できると見込んでいる。

「農業は単なる“作業”に徹したら楽しくありません。最近のテーマは『省力化』。ワークライフバランスを見直して、家族との時間や、地域の人たちとの交流を増やしていきたいと考えています。それこそ妻が参加してくれたら、地元のマルシェに出店して楽しく交流しながら新しい縁が広がっていきそうです。野菜ギフトボックスなどの商品開発を進めるなど、価格競争とは違う、人と人との縁を軸に農業を展開していきたいです」

丹精込めたフリルレタスを収穫している時が一番楽しいという藤永さん。農作業は正直、辛いこともあるけれど、感覚を研ぎ澄まして自然と向き合って生きることに充足感があると語る。

「経営は少しずつ上向いていますが、まだまだトライ&エラーの連続です。新しい機材も揃えたいし、水の配管交換など環境整備にはさまざまな出費が伴います。それでも、自分の手で作物を作って家族4人で暮らす。そうしたシンプルな生活ができるのが農業の醍醐味。農業の規模を広げるよりも、子どもたちが『大人ってカッコイイ』と思ってくれるような場所として農地を持ち、そこで働く姿を見せていけたらと思います」

農業も暮らしも「楽しいが大事」と語る藤永さん。千葉県旭市産のフリルレタスといえば「Farm Fujinaga」と言われる日を夢見つつ、その道のりを自分らしく整えて着実に歩んでいるようだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「農業は技術も農地も必須ですが、それと同じぐらい“迷惑をかけられる人”が最低でも一人はいた方がいいと思います。というのも、農業は100%困ったことが起こると言っても過言ではないからです。相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらえたりする人がいるのといなのとでは大違い。僕は農業に向いてない人は一人もいないと思っています。自分に合ったやり方を見つけられるかどうかなだけで、それができれば農業はずっと続けられる仕事だと確信しています」