2024.03.27

バリアフリーの観光ぶどう園で
障がい者や子どもにやさしい農業体験を

福田智美さん/福田ぶどうマルシェ
農園所在地:群馬県沼田市
就農年数:6年目 2019年就農
生産:シャインマスカット、藤稔、ナガノパープル、クイーンニーナなど

車椅子でもできる農業

東京から移住し、群馬県沼田市でブドウの観光農園を営んでいる福田智美さん。就農6年目で、車椅子で農業を行っている。

「私の農園ではブドウ棚ではなく、マンズ・レインカットという栽培方法をとっているので、頭上の高い所ではなく、人間の腰の辺りに実がなるんです。だから車椅子の私でも座ったまま作業ができるんですよ」

マンズ・レインカット栽培は、ヨーロッパと違って雨量が極めて多い日本で良質のブドウを育てるために、1990年代に日本で特許登録された方法だ。ブドウの木をカバーで覆って実に直接雨が当たらないようにし、雨による腐敗を防ぎながら熟度の高いブドウを育てることができるため、沼田市の多くのブドウ農家でも取り入れられている。

ブドウ農園というと、山肌の傾斜地をイメージするが、福田さんの農園はお客さまにブドウ狩りを楽しんでもらう観光農園ということもあって概ね平地。畑はもちろん土がむき出しだが、「街乗り用の車椅子のタイヤだと細くて土にめり込んでしまいますが、幅広で凸凹したスタッドレスのタイヤを付けると畑にも入れるんです」とのこと。

現在、約2ヘクタールのブドウ農園を、基本的には夫と福田さんの2人で切り盛りしている。ブドウ狩りのシーズンである秋は収穫・出荷の作業も重なるため、人手が必要なときはSNSなどでボランティアを呼びかけ、応援に来てもらっている。

東京からアクセスの良い場所で観光農園を

福田さんが農業に関わり始めたのは、年上の夫が「退職後のこと」を考えるようになった頃。「定年後は農業でもやろうかな」と山梨県のブドウ農園にボランティアに通い始めた夫に、「農業なんてしたことないのに、本気なのかな?」と半信半疑でくっついて通ううちに、体を動かして働く農業に楽しさを覚え始めた。人が多すぎる東京に比べてゆったりした田舎の暮らしにも魅力を感じ、移住してブドウ農園を営むというアイデアは、2人の中で次第に現実味を増していった。

 「お客さまと直に接することができる観光農園をやりたかったんです。ブドウと言えば山梨か長野ですが、観光農園をするなら友達がいる東京からのアクセスも大事にしたかった。2年くらいかけていろいろな地方の移住セミナーにも通い検討しました。その中で、沼田市はあまり知られていないけれど、練馬から車で2時間圏内ですし、観光農園も盛ん。私たちはスキーが大好きなので、ゲレンデからの近さも決め手となり、沼田市を選びました」

移住直前に突然病気が発覚。それでもご縁を信じて就農

沼田市にちょうど良い家と就農先が決まった直後、福田さんの腰に病気があることが発覚。痛みを感じて病院に行ってから一週間後には入院し、そこから8ヶ月余りの治療生活。治療後も車椅子での暮らしになるとわかった。しかし、入院してからひと月ほど経った時点で、福田さんは夫とも相談しつつ、「どうなったとしても沼田に行ってブドウ農園をやろう!」と決意したという。

「夫も早期退職を決めた後でしたし、沼田市のいろいろな方にお世話になりせっかく決まったのですから、これも何かのご縁だと思って」

こうして2017年6月に、先に夫が移住し、その2ヶ月後に福田さんも沼田市へ。市内のブドウ農園で1年半ほど研修生として経験を積んだ後、その畑を譲り受けつつ、市内の別の場所にも畑を借りて独立を果たした。

福田さんが新たに借りることができた売店用の小屋付きの畑は、かつてブドウ農園を営んでいた土地ではあったものの、しばらく放置されていたため草に覆われ、ブドウの垣根も所々傷んだ状態。それを整地したり、修繕したりして、人気のシャインマスカットを含む数種類のブドウの苗木を約150本植えた。

マンズ・レインカット栽培の場合、ブドウが収穫できる状態にまで育つ期間は比較的短いものの、それでも3〜4年はかかる。それまでの間は、成木で譲り受けたブドウ農園のブドウを販売。観光農園としてお客さまに体験に来てもらいたいと考えていたが、最初はなかなか現地に足を運んでもらえずにいた。

しかし、ある時、友人の一人がついに農園に体験に来てくれ、その時の様子をブログやSNSに公開したところ、それを見た人たちから予約が入り始めた。

子どもも障がい者も安心して楽しめるバリアフリー農園

「私の農園ではバリアフリーでぶどう狩りができるんです。多くの農園は、駐車場が砂利だったり、トイレが障がいを持つ人には使いづらかったりすると思いますが、私自身が車椅子になって不便さを感じたことは活かさないともったいない。駐車場は売店の前までアスファルトを敷き、段差も無くし、農園への入り口はスロープにしました」

こうした整備も含む資金は、夫と貯めた自己資金と、新規就農者が受けることができる農林水産省の農業次世代人材投資資金、そして無利子で借りられるJAの融資などで賄ったそう。

福田さんの「バリアフリーの農園」は、子どもや障がいを持つ方でも安心して農業体験ができると地元の新聞やTV等で紹介されるようになり、SNSや口コミでも次第に評判が広がって、毎年多くのお客さまが訪れるようになった。

「お客さまから“おいしかった”という感想を直接いただけるのが一番嬉しいですね。それを目的に観光農園を始めましたから」と福田さん。

現在でも、収穫シーズンの開始を告げる「ハガキ」が、最も効果的な集客ツールだそう。お客さまとの直接的なつながりが、福田さんの何よりのモチベーションになっている。

冬は大好きなチェアスキーやバイオリン演奏を楽しむ

福田さんの農園の仕事は、雪解け後の4月頃から始まる。春になって葡萄の枝の芽が2本出てくると、1本を残してもう1本を除去する芽かきの作業。その後、下草管理、房作り、摘粒、袋がけ、病害虫の防除などのさまざまな作業が春から夏の間ほぼ毎日続き、9月中旬から1年で最も忙しい繁忙期に突入する。収穫・販売と並行してブドウ狩りに来てくれるお客さまの接客が10月中旬までピーク。週末ともなるとお昼ごはんを食べる暇もないくらいの忙しさだ。しかし、収穫期が終わると10月下旬から農作業はぐっとスローダウンし、11月の枝の剪定を経て、雪が降る冬は、農園は長めのお休みとなる。

冬の間、夫はJGAP認証の審査や獣医として豚熱ワクチンの接種をしているが、福田さんはまだ冬場の仕事は模索中。一方で、沼田市に移住してから趣味としてチェアスキーを始めた。また、子どもの頃からバイオリンを続けており、ひと月に1〜2回はほど東京へ練習に通っている。

「病気をしたけれど上半身は元気だから、バイオリンを続けています。沼田は観光地でもあるので人付き合いも風通しがよく、車があれば生活するのにほとんど不便は感じませんが、TVなどで東京においしいお店ができたことなどを知ると、やっぱり行ってみたくなる(笑)」と言う福田さんから、余暇の充実が伝わってくる。

自由な時間を作って東京滞在も楽しんでいる福田さん。車椅子になって以来、自分から積極的に行動したり、発信したり、人にサポートを求めたりすることの大切さにも気づいたようだ。

農業を通じて障がい者が積極的になれる機会を

最後に、福田さんに農業を始めてからの変化と、今後やりたいことを伺った。

「生産者の気持ちが分かるようになったことが大きな変化です。買う側だった時は安くて良いものをと思っていたけれど、つくる側になってみると手間暇もお金も掛かっていると分かりました。生活のいろいろな場面で、生産者視点で考えることも必要だと思うようになりました。お客さまと直接つながっている観光農園だからこそ、作業風景を動画に撮って発信したり、お客さま自身に体験していただいたりする中で、生産者への理解を自然に広げられるといいなと思います」

 「この先やりたいことは、農業を始めた当初は障がい者雇用を考えていたのですが、ブドウ農園の仕事は通年ではないので閑散期はお給料を払うことができません。ですからそれは断念して、今は車椅子や障がいのある方に、ブドウ狩りだけでなく農作業の体験をしに来ていただけるようにしたいと考えています。行動が制約されがちな障がい者の方々に、農業体験を通じて他のことにも積極的になっていただける機会をつくれたらと思っています」

福田さんのブドウ農園から、今後もたくさんの笑顔の輪が広がっていくのだろう。

就農を考えている人へのメッセージ

「就農前によく考え、1〜2年くらいはセミナーやリサーチに時間を費やすことも大切だと思います。農業検定のテキストを読むだけでも農業全般の基本が知れて勉強になります。自治体によってサポート体制も違うので、自分に合った地域で就農することがいちばん重要です。また、仕事だけではなく楽しみもないとつまらなくなるので、お休みの時に身近に趣味があることも大事かもしれません。

障害を持つ方に対しては、ぜひ一度、当農園でブドウ狩りや農業体験をしていただきたいです。そこで楽しいと感じたり、興味を持ったら、ぜひ続けてみてください。もし合わないと感じたら、他の仕事をしてもいい。私の農園を訪れたことで、新たな挑戦を始めるきっかけになればうれしいです」